薬師寺の東塔、各層に積まれた1200年の歴史
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=118587
日本に仏教が定着したのは用明天皇が百済(ペクジェ B.C.18−A.D.660)系の蘇我氏族とともに仏教に帰依(きえ)してからだ。
西暦593年に摂政になった聖徳太子は百済から多くの職人を招き、数多くの寺を建設する。この時期は「飛鳥時代」と呼ばれ、1塔1金堂形式だった。元明天皇が710年、奈良に遷都して「奈良時代」が始まる。双塔1金堂が主流で、薬師寺がその代表¥作だ。1528年に焼失した西塔は1976年に再建され、金塔も火災の後、最近復元された建物だ。
四方仏のある東塔だけが1200年にわたる古色蒼然とした歴史を誇っている。3階建ての木塔だが、各層に裳階があって6重に見える。薬師寺は法相(ほっそう)宗の大本山で、管長を選ぶ儀式が厳しいことで有名だ。
試験の日、住持200人余りが長い鉄の杖を手にして寺に集まる際に鳴る音を奈良の人々は「地軸を揺らす音」と言う。僧侶は梵唄(インドの詠法による歌唱。高低のない声明)のような音律で難しい質問をする。寒い冬、白い法衣1枚に身を包んだ候補は7時間にわたり法床に微動もせずに座り、あらゆる質問に梵唄の声で答える。
このとき答えに詰まれば法床から降りなければならない。前管長の高田好胤僧侶と安田暎胤・現管長兼住持ともに日本の立派な僧侶として尊敬される理由が分かる。薬師寺は大きなイベントがあ度に韓国伝統の味噌汁を用意するなど、さまざまな面から韓国と深い関連があるものとみられる。天皇が自ら「韓国人の血を引いている」と明らかにしたように皇室の願寺だったためではないかと思われる。
【呆観】
暇なので小ネタを。
縁(yukari)発言を都合よく書いてあるのはいつもの事ですね。
「薬師寺は、大きなイベントがある度に韓国伝統の味噌汁を用意する」などと書いてあるが、
「韓国伝統の味噌汁」なのか「韓国伝統」の「味噌汁」なのかが判らない。
2chのスレによると、問い合わせた方が居たらしく、薬師寺の受付の方曰く、
「そもそも私どもは、イベントで味噌汁をふるまったりしません。」
「韓国伝統の味噌汁など聞いたこともありません」との事。
まあ、寺社仏閣で味噌汁をふるまうってのは、普通は聞かないよね・・・。