昨日から家内と子供たちは、連休を利用して、地元のサッカー教室が主催する2泊3日の合宿に行ってしまった。
家内は保護者というよりは、子供たちの世話係として他の父兄らとともに参加する。家内とサッカー教室との関係は、私の長崎単身赴任以前からあったが、やはり長崎にいるときに深まったようだ。今回3年間で初めて合宿の仕事を分担することになり、肩の荷が下りたと、本人は言っていた。
出発は早朝だと聞いていたので予¥想はしていたが、朝、空っぽの布団を見ると不思議な感じがした。おとといまでの生活臭紛々たる姿がまるでない。そして、室内は“無音”の世界に変わり、3LDKの広さが余計に寂寥感を募らせる。独居老人の孤独死という新聞記事が、一瞬脳裏をかすめた。
一体この感覚は何なのか。会社の寮の個室で過ごしていた単身赴任時代とどう違うのか?
実は、単身赴任とはいっても一人ではなく仲間がいた。寮には独身社員の他、賄・清掃のおばさんたちが、合わせて20人程いたのだ。
寮の食堂に行けば、無愛想な若い社員がテレビの娯楽番組を見ながら黙々と食べている。
ロビーに行けば、これまた若者がソファに足を投げ出して漫画本をじっと読んでいる。
洗濯室に行くと、乾燥を終えた他人の洗濯物が乾燥機に残ったままになっている。私は“しようがないなあ”とブツクサ言いながら、それを備え付けの洗濯籠に放り込み、代わりに自分の洗濯物を乾燥機に突っ込む。
アルコールでhighになった状態で、若い社員と熱くなって議論したりすることもあった(※)。
結局、私は単身赴任期間中、寂しいと思ったことはなかった。他人が寄せ集まった寮よりも、ひとりぼっちで自宅に居る今の方がそう感じる。誰かとcommunicateする可能性がある場合と、全くない場合とでは雲泥の差がある。
結婚して直ぐに転勤し、見知らぬ土地に住みはじめた頃、帰宅した私に向かって家内がポツリと言った言葉を思い出す。
「今日は誰とも会話しなかった」
それがどんなに苦しいことか、今わかったような気がした。
※テーマはくだらないものが多い。例えば、仕事を終えて会社の通勤バスを待っている社員の数が、バスの定員を超過した時、どのような方法で社員を選別するか、といったものだ。そのときの若手社員とのやりとりを以下に再現する。
私:30分後に次の便が出るだろう。それまで待てないのか?
彼:30分を短いと感じるか長いと感じるかは、人それぞれです。
私:そうかな。30分なんてあっという間だぞ。新聞を読むだけでそのくらいは経つ。
彼:ただ待っているだけでは退屈ですから、その間、自分の席に戻って仕事してしまうと思いますよ。そうなると、バス待ちのために、残業時間を増やしたということになり、会社にとってもまずいのではないですか?
私:わかったよ。それ程言うなら、車をマイクロバスから大型バスに替えればいい。
彼:誰が運転手に車種変更の連絡をするのですか?運転手への連絡は、総務課を通すルールになっていますけど・・・。
私:その時刻まで総務課員が残業しているとは限らないだろう。そんなもの、運転手が勝手に人数をかぞえて判断するさ。
彼:運転手がわざわざ車庫に戻って、車を替えて出直すというのは面倒ではないですか。毎日のことですから、ルールを決めておく必要があるように思います。
私:(うんざりした表¥情で)じゃあ、毎日社員一人ひとりから、残業予¥定時刻を総務課に申¥請させ、それを総務課員が集計して運転手に連絡せよ、とでも言うのか?そんなもの、うまくいく筈がない。バスを待っている人たちで話し合って決めろ。
彼:話し合いといっても、予¥め方法を決めておかないと、そのとき戸惑うばかりです。
私:君たちはいい年した大人だろう。そんなことも決めきれないのか?
彼:そうですよ。会社がルールを定めないと、我々は動けないのです。
私:君たちに“頭”というものはないのか。もうわかった。“じゃんけん”しかない。それが最も公平で、手間のかからないやり方だ。まさか、会社に“じゃんけんしてください”というルールを作れ、とは言わないだろうな。
彼:じゃんけんに負け続けた人はどうするのですか?
私:うるさい!
・・・
(おしまい)