去年の10月の上旬に行った投稿の再掲です。
8月の下旬、前日に我が家に泊まった彼女と、この時、東京ステーションギャラリー(tokyo
station gallery)で、行われていた、甲斐庄 楠音(kainosyou
tadaoto)の作品の、展覧会(exhibition)を見て来た時(以下、この日と書きます)のものです。
この前日の夕食は、彼女と、私の街の飲食店で、しっかりとした内容の夕食を、のんびりと、2時間程かけて、会話を楽しみながら食べました。
前日に我が家に泊まった彼女と、夜更かしをし、朝寝坊をし、この日は、野菜サラダ(salad)と果物だけ食べて、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置しています)を出ました。
東京駅は、東京都心部の中でも、中心的な地域に位置しています。
東京駅は、旧新橋(shinbashi)駅(1872年開業)に代わる、東京の、新たな、南の(kansai(大阪・京都・神戸(kobe)(東京に次ぐ、日本第二の人口を有する大都市圏))方面への)、鉄道の玄関口(gateway)として、1914年開業した鉄道駅です。東京駅は、東京を代表する駅で、言わば、東京の顔と言える、鉄道駅です。
旧新橋(shinbashi)駅(1872年開業)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
加賀象嵌(金沢の伝統工芸)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3733504?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京駅は、個人的に、私が、東京の六大主要駅と呼んでいる駅(東京駅、新宿駅(1885年開業)、渋谷(shibuya)駅(東京都心部の西部に位置する。1885年開業)、池袋(ikebukuro)駅(東京都心部の北西部に位置する。1903年開業)、上野(ueno)駅(東京都心部の北東部に位置する1883年開業)、品川(shinagawa)駅(東京都心部の南部に位置する。1872年開業))の内の一つで、個人的に、六大主要駅の中でも、筆頭(最も格の高い駅)と考えています。東京駅は、現在は、乗降客数は、新宿駅(東京で、最も、乗降客数が多い駅。東京都心部の西部に位置する)等に比べて少ないですが、依然として、東京だけでなく、日本でも有数の乗降客数の多い駅であり、また、昔も今も、東京の駅の中で、最も、鉄道の発着数が多い駅となっています。

写真は、借り物。1914年、建てられた当時の東京駅の建物の写真。この建物(設計は、辰野 金吾(tatsuno kingo)(日本の、近代、建築家。1854年生まれ。1919年に亡くなる)が、行いました)は、現在も、東京駅の駅舎(駅の建物)の一つ(丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物))として、活用されています。
東京駅の、丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)(1914年完成)の、全景の模型。
写真以下22枚。東京駅の、丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)(1914年完成)及び、その周辺の風景(写真は、必ずしも、撮影した順番に並んでいる訳ではありません)。丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)の周辺地域は、古くからの、東京を代表するビジネス(business)の中心地区であり、言わば、東京の顔と言えるエリア(area)となっています。
東京ステーションホテル(TOKYO
STATION
HOTEL)は、東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅の建物(1914年完成。文化財に指定されている)の中に入る、歴史のある(歴史の古い)、高級ホテルです。1915年、東京の玄関のホテルに相応しい、当時、最先端の設備を備えたホテルとして開業し、開業以来、日本国内外から、多くの来賓を迎えて来ました。多くの、文人(作家等)にも愛され、江戸川
乱歩(edogawa rampo)の「怪人二十面相(kaijin nijyumensou)」では、東京ステーションホテル(TOKYO
STATION HOTEL)の客室が舞台になりました。
東京ステーションホテル(TOKYO STATION
HOTEL)は、個人的に、飲食店は、利用していますが、宿泊した事はありません(東京ステーションホテル(TOKYO STATION
HOTEL)は、我が家から近くて、基本的に泊まる意味がありませんが、個人的に、古い建物に興味があるので、べつに、今すぐでなくても、いつか泊まってみても良いかなと思っています)。
東京ステーションホテル(TOKYO
STATION
HOTEL)は、飲食店は、日本料理・鉄板焼(teppanyaki)レストランが一つ、フランス料理レストランが1つ、中国料理レストランが1つ、イタリア料理レストランが1つ、寿司レストラン(寿司食堂)が1つ、焼き鳥(鶏肉串)レストラン(焼き鳥(鶏肉串)食堂)(焼き鳥(鶏肉串)は、一般的には、庶民的な食べ物ですが、東京ステーションホテル(TOKYO
STATION
HOTEL)の、焼き鳥(鶏肉串)レストラン(焼き鳥(鶏肉串)食堂)は、高級、焼き鳥(鶏肉串)レストラン(焼き鳥(鶏肉串)食堂)です)が1つ、ラウンジ(lounge)が2つ、バー(bar)が2つあります。
この日の昼食(前述の通り、前日に我が家に泊まった彼女と、朝寝坊をし、野菜サラダ(salad)と果物だけ食べて出て来たので、実質的には、遅い朝食兼昼食と言った感じでしたが)は、東京ステーションホテル(TOKYO
STATION HOTEL)の、イタリア料理レストランで食べました。東京ステーションホテル(TOKYO STATION
HOTEL)の、イタリア料理レストランは、前に利用した事がありましたが、美味しいです。
写真以下4枚。東京ステーションホテル(TOKYO
STATION
HOTEL)の、イタリア料理レストランで食べた、この日の昼食(実質的には、遅い朝食兼昼食と言った感じ)。全て、一人一皿ずつです(写真は、一人分)。これにパンが付きます。しっかりとした昼食としては、軽い物を食べましたが、彼女と、のんびりと、会話を楽しみながら、1時間半(1時間30分)程かけて、食べました。ちなみに、この時、私は、飲み物は、お酒は、主に、赤ワイン(wine)を飲みました。
前菜。涼風前菜盛り合わせ。
パスタ(pasta)。国産牛(日本産牛肉)とたっぷりの玉葱で作ったナポリ風ジェノベーゼ パスタ 「ズィーティ」 。2人共、同じパスタ(pasta)(国産牛(日本産牛肉)とたっぷりの玉葱で作ったナポリ風ジェノベーゼ パスタ 「ズィーティ」)を選びました。
メイン(main)料理。岩中(iwacyu)豚(岩手(iwate)県(日本の東北地方に位置する県の一つ)産の高級豚肉)の、肩ロース(肩loin)の、ロースト(焼き物)。塩レモンのコンディメント
。2人共、同じ、メイン(main)料理(岩中(iwacyu)豚(岩手(iwate)県(日本の東北地方に位置する県の一つ)産の高級豚肉)の、肩ロース(肩loin)の、ロースト(焼き物)。塩レモンのコンディメント)を選びました。
デザート(dessert)。
写真以下5枚。東京駅の、丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)(1914年完成)及び、その周辺の風景例。この日の全般的な天気は忘れてしまいましたがw、昼食を食べた後、昼食前よりも、雲が減り、天気が、より(相対的に)良くなっていました。
東京ステーションホテル(TOKYO
STATION
HOTEL)の、イタリア料理レストランで昼食(前述の通り、実質的に遅い朝食兼昼食と言った感じでしたが)を食べた後、この時、東京ステーションギャラリー(tokyo
station gallery)で、行われていた、甲斐庄 楠音(kainosyou
tadaoto)の展覧会(exhibition)を見ました。
東京ステーションギャラリー(tokyo station gallery)は、東京駅の、丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)(1914年完成)に入っている、近代美術を中心とした展覧会(exhibition)を行っている、小規模な美術館です。
写真以下4枚。東京ステーションギャラリー(tokyo station gallery)の内装。
この時、東京ステーションギャラリー(tokyo
station gallery)で、行われていた、甲斐庄 楠音(kainosyou
tadaoto)の作品の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)は、私も彼女も、気になっていた展覧会(exhibition)です。この時、この展覧会(exhibition)の会期の終了が近くなっていました(私も、彼女も、出足が遅いw)。この展覧会(exhibition)、見応えがありました。この展覧会(exhibition)、まあまあ(ある程度)混んでいましたが、作品を、ゆったりと見て回るのに、全く、支障がない程の、混み具合でした。
この展覧会(exhibition)、良かったです(彼女も、良かったと言っていました)。
甲斐庄
楠音(kainosyou tadaoto)(1894年生まれ。1978年に亡くなる)は、画家(近代、日本伝統画家)・風俗考証家です。甲斐庄
楠音(kainosyou
tadaoto)は、元々、近代、日本伝統画家として、1910年代から活動をし、1910年代後期頃から活躍、1920年代に、高い人気を得ていましたが、1940年代からは、主に、映画の時代風俗考証家として、映画の衣装デザイン(design)等の分野で活躍する様になり、多くの日本映画に関わりました。1953年の、ヴェネツィア国際映画祭(Venice
International Film Festiva)で、銀獅子賞(Silver Lion)を受賞した、溝口 健二(mizoguchi
kenji。日本の世界的に有名な映画監督の一人。1898年生まれ。1956年に亡くなる)監督の、日本映画、「雨月物語(Ugetsu)」(1953年)において、甲斐庄
楠音(kainosyou tadaoto)は、アカデミー衣裳デザイン賞(Academy Award f or Best Costume
Design)にノミネートされています。
この展覧会(exhibition)では、甲斐庄 楠音(kainosyou tadaoto)の絵画作品と、甲斐庄 楠音(kainosyou tadaoto)が手掛けた、映画の衣装等が展示されていましたが、甲斐庄 楠音(kainosyou tadaoto)の絵画作品の方が、面白く(興味深く)、良かったです(彼女も、同様の感想でした)。
写真以下。この展覧会(exhibition)の展示作品例。この展覧会(exhibition)のパンフレット(leaflet)より。。。下で紹介している作品は、全て、甲斐庄 楠音(kainosyou tadaoto)の作品です。
「女人像」(1920年頃)。
写真右上の、踊っている女性の絵、「幻覚(踊る女)」(1920年頃)。
写真中央、横になっている(寝ている)女性の絵、「春」(1929年)。
写真下側、立っている女性の絵、「横櫛」(1916年頃)。
写真左側の衣装。「旗本退屈男 謎の南蛮太鼓」(1959年の日本の映画)の衣装。
写真上側の、立っている女性の絵、「横櫛」(1916年頃)。
写真下側の絵、「畜生塚」(1915年頃)。
写真左側の衣装。「旗本退屈男 謎の暗殺隊」(1960年の日本の映画)の衣装。
この日の夕食は、我が家に帰って来てから、彼女と食べたのですが、彼女と我が家で食べた、この日の夕食の、メイン(main)料理は、(我が家に買ってあって冷凍保存して置いた)マートの鰻を使って(1人1尾ずつ使いました(1人1尾ずつ食べました))、作った、鰻丼(鰻重)にしました(美味しかったです(彼女も、美味しいと言って食べていました))。
この日も、彼女は、我が家に泊まりました。