後から、若干、内容を追加しました。
先程、「伝統文化」掲示板に行った投稿です。
少し前の事ですが(投稿の機会を失っていた物)、5月の後半、私も彼女も、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、前日に我が家に泊まった彼女と、千葉(chiba)県(東京の東部郊外)に、遊びに行って来た時の物です。
この日は、電車で遊びに出掛けました。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。谷津(yatsu)バラ(薔薇)園と、この日の昼食に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
70年近い歴史を有する薔薇の庭園他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3853944?&sfl=membername&stx=nnemon2
谷津(yatsu)バラ(薔薇)園を訪れ、谷津(yatsu)バラ(薔薇)園の周辺の食堂で、昼食を食べた後は、電車(通勤電車)とモノレール(monorail)(千葉(chiba)都市モノレール(monorail))で、移動し、千葉(chiba)市美術館に訪れました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)市(投稿のコメント欄の投稿の補足説明を参照)が運営する公立の美術館です。
千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)市の中心市街地(電車の、千葉(chiba)駅の周辺area)にあります。
千葉(chiba)市(東京都心部から遠い東京の東部郊外に位置しています)の中心的な、電車駅である、千葉(chiba)駅は、東京駅(東京の中心的な電車駅。東京都心部でも中心的な地域に位置する)から、電車で40分程(電車を乗り換える必要はない)です。
ちなみに、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置しています)は、東京都心部の中で、千葉(chiba)県(東京の東部郊外・近郊)から遠い地域にあるので、我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、千葉(chiba)駅までは、電車で、1時間15分位です(途中、電車の乗換え・待ち時間を含む。途中、電車を3回、乗り換える必要があります。電車に乗車している時間自体は、53分位)。
千葉(chiba)市美術館がある、電車の、千葉(chiba)駅の周辺areaは、東京の東部郊外・近郊で、最大の繁華街となっています。
千葉(chiba)駅の周辺areaは、千葉(chiba)市の、古くからの、中心繁華街ですが、千葉(chiba)市には、もう一つ、中心的な、ビジネス(business)・商業地区として、1970年代後半から1990年代に(特に、1980年代末から1990年代初めに)開発された、千葉(chiba)市の、西側の海沿いにある、高層ビルが建ち並ぶ、整然とした、新しい街並みの、(千葉(chiba)市の)新都心、幕張(makuhari)新都心があります(千葉(chiba)駅の周辺areaと幕張(makuhari)新都心の間は、10km近く離れています)。
前述の通り、千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)駅の周辺areaにありますが、電車の、千葉(chiba)駅から、歩くと、ちょっと遠く、15分程度かかります。千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)駅から、千葉(chiba)都市モノレール(monorail)(下の補足説明を参照)で、2駅、4分の、葭川(yoshikawa)公園駅からは、歩いて5分位です。
千葉(chiba)都市モノレール(monorail):千葉(chiba)市を走るモノレール(monorail)。1988年開業。総営業距離15.2km。世界最長の総営業距離を持つ、懸垂式の(suspended)モノレール(monorail)となっています。
千葉(chiba)市美術館及び、千葉(chiba)都市モノレール(monorail)に関して、以下の投稿を参照して下さい。
100年近く前に建てられた銀行の建物他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3732616/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
ビリヤニ(南アジア・東南アジアの伝統料理)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3732615/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下5枚。千葉(chiba)市美術館の周辺の風景。
千葉(chiba)市美術館の建物。千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)市が運営する、公立の美術館です。千葉(chiba)市美術館は、1995年に開館した美術館です。千葉(chiba)市美術館の建物の一部は、1927年に建てられた、川崎(kawasaki)銀行、千葉(chiba)支店の建物を活かした物となっており、1927年に建てられた、川崎(kawasaki)銀行、千葉(chiba)支店の建物を、上から、覆う形で、美術館の建物が建てられています。
写真以下6枚。現在は、千葉(chiba)市美術館の一部となっている、1927年に建てられた、川崎(kawasaki)銀行、千葉(chiba)支店の建物(前述の通り、千葉(chiba)市美術館は、1927年に建てられた、川崎(kawasaki)銀行、千葉(chiba)支店の建物を、上から、覆う形で、美術館の建物が建てられています)。
川崎(kawasaki)銀行、千葉(chiba)支店の建物は、上でもリンクを付けましたが、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)も参照して下さい。
100年近く前に建てられた銀行の建物他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3732616/page/24?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。参考に、前にアップした写真の再利用。絵葉書より、長谷川 潔(hasegawa kiyoshi)(下の補足説明を参照)の作品例。長谷川 潔(hasegawa kiyoshi)の作品は、まあまあ好きです(とても好きと言う程ではない。。。)。
長谷川 潔(hasegawa kiyoshi):1891年生まれ。裕福な家に生まれる(父親は、第一(daiici)銀行(日本に、かつて存在した、規模の大きな銀行の一つ。本店は、東京都心にあった)の、横浜の支店長)。1918年にフランスに渡り、以来、1980年に亡くなるまで、フランスに暮らし、フランスを拠点に、主として1920年代頃から1960年代頃まで、フランスと日本で、活躍した、日本の、有名な、近代・現代版画家。1935年、フランス政府からレジオン・ドヌール(Legion of Honour)勲章を受章。1966年、フランス文化勲章(Ordre des Arts et des Lettres)を受章。横浜美術館((長谷川 潔(hasegawa kiyoshi)の出身地の)横浜市が運営する、規模の大きな、公立の美術館。1989年開館。横浜の都心部にある。19世紀後半から現代にかけての、日本国内外(日本国内及び日本国外)の芸術家達の作品の、幅の広い、充実したコレクション(collection)を有する)は、世界最大の、長谷川 潔(hasegawa kiyoshi)の作品コレクション(collection)を有しています。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、第一(daiici)銀行に関する、参考の投稿。
日本最古の銀行他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856454?&sfl=membername&stx=nnemon2

「花束」(1926年)。

「一樹(ニレの木)」(1941年)。
写真以下4枚。千葉(chiba)市美術館の、パンフレット(leafet)等より。。。
千葉(chiba)市美術館の、コレクション(collection)の中から、長谷川 潔(hasegawa kiyoshi)の作品、「思想の生まれる時」(1926年)。
千葉(chiba)市美術館は、千葉(chiba)市を中心とした、千葉(chiba)県に縁のある、日本の、画家・芸術家の作品、浮世絵(ukiyoe)(菱川
師宣(hisikawa
moronobu)(下の補足説明を参照)が千葉(chiba)県出身の為)、日本の近代美術、現代美術の、充実したコレクション(collection)を有しています。
菱川
師宣(hisikawa
moronobu):17世紀に活躍していた、日本の、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆(大衆向けの)版画・絵画)画家の一人で、初期の頃の、浮世絵(ukiyoe)を代表する画家の一人であると共に、初期の頃の、浮世絵(ukiyoe)画家の中で、最も、有名な画家。それまで、本の単なる挿絵でしかなかった浮世絵(ukiyoe)版画を、鑑賞に堪え得る独立した一枚の絵画作品にまで高めるという重要な役割を果たした、浮世絵(ukiyoe)の確立者であり、しばしば「浮世絵(ukiyoe)の祖」(浮世絵(ukiyoe)の父)と称される(wikiを参考にしました)。
参考に、Japonismeとは、19世紀中期から20世紀初頭にかけて(特に、19世紀の後半に)、フランスを中心とした、西洋の国々(ヨーロッパ及び北米)で、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)等の日本文化が流行すると共に、当時の(近代の)ヨーロッパを中心とした西洋の芸術・工芸に強い影響を与えた現象の事を言います。
以下、参考の投稿。
Japonisme他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3806140/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
千葉(chiba)市美術館は、(中々、興味深い、展覧会(exhibition)を実施していますが)、有名な美術館と言う訳ではなく、東京の都心部から遠い、東京の郊外にある美術館であるので、穴場と言った美術館です。
この日は、 千葉(chiba)市美術館で、この時、行われていた、板倉
鼎(itakura kanae)と板倉 須美子(itakura
sumiko)(1920年代後期に、フランスのパリ(Paris)で活躍していた、日本の画家(近代画家)の夫婦。2人共、若くして(20代で)、病気により亡くなっている)の作品の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)を見て来ました。この展覧会(exhibition)は、私も彼女も、ちょっと気になっていた展覧会(exhibition)です。この日、千葉(chiba)市美術館を訪れた目的は、この展覧会(exhibition)を見る事にありました。とても空いていて、とても落ち着いて、とても、ゆったりと、展覧会(exhibition)を見る事が出来ました。この展覧会(exhibition)、良かったです(彼女も、良かったと言っていました)。
以下、板倉 鼎(itakura kanae)と板倉 須美子(itakura sumiko)に関しては、wiki等を参考にしました。
板倉
鼎(itakura
kanae)(1920年代初めから活躍していた、日本の、画家(近代画家))は、1901年、埼玉(saitama)県(東京圏の北部に位置する県)の医者(内科医)の長男として生まれました。後に、千葉(chiba)県に転居し、千葉(chiba)県で育ちました。
板倉 須美子(itakura sumiko)は、1908年に、日本の、ロシア(Russia)文学者の、長女として生まれました。
板倉 須美子(itakura sumiko)の父(日本の、ロシア(Russia)文学者)の像→
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/68/01SUB_0662昇曙夢像.jpg
1925年に、板倉
鼎(itakura kanae)と板倉 須美子(itakura sumiko)は、結婚、板倉 鼎(itakura kanae)・板倉
須美子(itakura
sumiko)夫妻は、1926年、ハワイ(Hawaii)を経由して、パリ(Paris)を訪れ、パリ(Paris)に在住し、1920年代後期に、フランスのパリ(Paris)で活躍しました。
板倉
鼎(itakura kanae)は、サロン・ドートンヌ(Salon d’Automne)等に相次いで入選し、板倉 鼎(itakura
kanae)から絵を習って、ハワイ(Hawaii)で初めて絵を始めた、板倉 須美子(itakura
sumiko)も、1928年と1929年のサロン・ドートンヌ(Salon d’Automne)に連続入選する等、頭角を現しました。
しかし、板倉
鼎(itakura kanae)と板倉 須美子(itakura sumiko)夫妻の、日本に帰国予定の目前の、1929年、板倉
鼎(itakura kanae)は、急な病気により、28歳の若さで、亡くなりました。同じ年に、次女を生後1カ月で亡くしており、板倉
須美子(itakura sumiko)と共に、日本に帰国した長女(1927年生まれ)も、1930年に病死しました。
板倉 須美子(itakura sumiko)は、日本に帰国後、長女を亡くした後、(家族が、相次いで亡くなり)失意の日々を送る中、絵の再起を図るものの、1934年、肺結核により、25歳の若さで亡くなりました。
一番上の写真(おそらく、パリ(Paris)にて)、板倉 鼎(itakura kanae)(男性)、板倉 須美子(itakura sumiko)(中央の女性)→
https://itakurakanae.com/
写真以下11枚。この展覧会(exhibition)の展示作品例。
板倉 鼎(itakura kanae)の作品、「剣のある静物」(1927年)。
左上、板倉
鼎(itakura kanae)の作品、「ダリアとグラジオラス」(1927年)。左下、板倉 須美子(itakura
sumiko)の作品、「ベル・ホノルル24」(1928年頃)。右下、板倉 鼎(itakura kanae)の作品、「金魚」(1928年)。
写真以下2枚。この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。
板倉 鼎(itakura kanae)の作品、「休む、赤衣(赤い衣)の女」(1929年頃)。
右上から時計回りに、「雲と秋果(秋の果物)」(1927年)(板倉
鼎(itakura kanae)作)、「金魚」(1928年)(板倉 鼎(itakura kanae)作)、「午後
ベル・ホノルル12」(1927年から1928年頃)(板倉 須美子(itakura
sumiko)作)、「ベル・ホノルル21」(1928年頃)(板倉 須美子(itakura
sumiko)作)、「垣根の前の少女」(1927年)(板倉 鼎(itakura kanae)作)。
板倉 鼎(itakura kanae)の作品、「雲と秋果(秋の果物)」(1927年)。
板倉 須美子(itakura sumiko)の作品、「午後 ベル・ホノルル12」(1927年から1928年頃)。
写真以下3枚。板倉 鼎(itakura kanae)の作品、「黒椅子による女」(1928年)。
写真以下2枚。板倉 鼎(itakura kanae)の作品、「ダリアと少女」(1929年)。
写真以下12枚。この時、千葉(chiba)市美術館で行われていた、石井
光楓(ishii koufu)(下の補足説明を参照)の、アメリカ・ヨーロッパ(フランス)滞在時の作品を中心とした作品の、展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)の展示作品例(全て、石井
光楓(ishii koufu)の作品です)。この日、この展覧会(exhibition)も、見て来ました。
石井 光楓(ishii koufu):1892年、千葉(chiba)県生まれ。1975年に亡くなる。1920年代初め頃から活躍していた、日本の、画家(近代画家)。1922年にアメリカに渡り、アメリカに滞在した後、1925年、フランスのパリ(Paris)に渡り、フランスのパリ(Paris)に滞在し、サロン・ドートンヌ(Salon
d’Automne)等に入選する等して、フランスで活躍した後、1931年に、日本に帰国。
「ブロンジ村の秋」(1930年頃)。
写真以下11枚は、この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。制作年度を書いていない物は、制作年不詳の作品。
「港の帆船」
右側、「コンセルジの老婆」
「中国大樹」(1938年頃)の部分。
右側の上、「読経」。右側の下、「オランダの漁港」。
右側、「裸婦習作。Meditation」。左側、「静物」。
「フランスの農村」(1930年頃)。
「シャートルのワシントン港レイキ」。
「風景」
上側、「米国(アメリカ)、ポートランド初夏」(1924年頃)。下側、「バルコニーのある家」。
千葉(chiba)市美術館の常設展示は、千葉(chiba)市美術館の、幅の広い、コレクション(collection)の中から、作品を入れ替えながら展示を行っています。
写真以下2枚。千葉(chiba)市美術館の、この時の、常設展示の展示作品の中から。。。山本
芳翠(yamamoto
housui)(1850年生まれ。1906年に亡くなる。19世紀後期から活躍していた、日本の、画家(近代画家))の作品で、「花を抱く少女」(1886年)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、山本 芳翠(yamamoto housui)に関する参考の投稿。
黒田 清輝(kuroda seiki)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856451?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。千葉(chiba)市美術館で、現在、開催中の、Nerhol(2007年に結成され、2010年代初め頃から活躍している、1980年生まれと1981年生まれの、日本の、2人組の、現代美術artist)の作品の、展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)の、チラシ(leaflet)。この展覧会(exhibition)、ちょっと、面白そうですが、我が家の近くの美術館で、開催されているならば訪れるかもしれませんが、今の所、訪れるつもり(訪れる予定)はありません。
Nerholの作品例→
https://marph.com/artists/nerhol
この日の夕食は、我が家に帰って来て、彼女と食べました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)です。」
「私は、肉が好きです(彼女も、肉は、好きです)」
「我が家では、しゃぶしゃぶ(shabu-shabu)は、よく食べています(ちなみに、私は肉が好きで、彼女も肉は好きです)。我が家では、牛肉のしゃぶしゃぶ(shabu-shabu)と、豚肉のしゃぶしゃぶ(shabu-shabu)、両方しますが、牛肉のしゃぶしゃぶ(shabu-shabu)の方が、する事が多いです。ちなみに、我が家で、しゃぶしゃぶ(shabu-shabu)をする際、私も、彼女も、野菜も、よく(多く)食べています。」
彼女と我が家で食べた、この日の夕食は、牛肉の、しゃぶしゃぶ(shabu-shabu)にしました。しゃぶしゃぶ(shabu-shabu)肉は、量よりも質と言った感じで、国産(日本産)の、黒毛和牛(日本原産の高級牛肉)の、しゃぶしゃぶ(shabu-shabu)用の肉、460g程にしました。しゃぶしゃぶ(shabu-shabu)具は、牛肉の他、野菜、茸、豆腐、うどんにしました。
ちなみに、この日の夕食時は、私は、飲み物は、お酒は、日本酒を飲みました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw
それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
ちなみに、彼女は、お酒が弱いです。」
写真以下。この日の夕食の、デザート(dessert)。この日、谷津(yatsu)バラ(薔薇)園(この投稿、一番上でリンクを付けた前回の投稿参照)の周辺の(谷津(yatsu)バラ(薔薇)園と谷津(yatsu)駅の間の商店街で、適当に、目に付いた)、庶民的な、団子(dango)(日本の伝統的な、庶民的な、甘い、お菓子・軽食)・和菓子(日本伝統菓子)店で買って来た、団子(dango)。胡麻、団子(dango)、レモン(lemon)餡の団子(dango)、ずんだ(zunda)餡(枝豆(edamame)の餡)の団子(dango)。何れも、彼女と選んだ物で、何れも、彼女と分けて食べました。美味しかったです(彼女も、美味しいと言って食べていました)。
この日も、彼女は、我が家に泊まりました。
この翌日(以下、この日と書きます)は、彼女は、在宅勤務で大丈夫で、私は、自宅(我が家)に持ち込んだ仕事と、職場(事務所)に顔を出しての仕事の併用と言った感じでした。この日は、朝食(内容は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt))と同じでした)を食べた後、彼女を、車で、我が家の隣の区の彼女の一人暮らしのマンションに送りました。
ちなみに、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅と、(東京都心部の)私の職場(事務所)の最寄り駅は、地下鉄で4駅(運賃は、初乗り運賃(178円))、我が家の玄関から職場(事務所)の玄関まで(通勤時間は)、30分位です。
以下、参考の投稿。
100年の歴史を有する銀杏並木他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3755455/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
ちなみに、この日は、車で、出勤しました(職場に出ました)。
以下、最近の投稿。
須田国太郎展他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3851807?&sfl=membername&stx=nnemon2
須田国太郎展他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3851806?&sfl=membername&stx=nnemon2
三岸 好太郎他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3851805?&sfl=membername&stx=nnemon2