フレンチ・クオーター(French Quarter)は、ニューオリンズ(New Orleans)の旧市街地で、現在は、観光地となっています。
フレンチ・クオーター(French Quarter)の中心的な通りである、バーボン・ストリート(Bourbon Street)は、ニューオリンズ(New Orleans)を代表する繁華街となっている通りです。
写真以下2枚(写真は、借り物)。バーボン・ストリート(Bourbon Street)。


写真の作者:Chris Litherland
プリザベーション・ホール(Preservation
Hall)は、フレンチ・クオーター(French Quarter)(ニューオリンズ(New
Orleans)の旧市街地)にある、元々、1750年に、個人の住宅として建てられた建物であり、フレンチ・クオーター(French
Quarter)で、現存する、最も、古い建物の一つです。

写真は、借り物(写真の作者:Infrogmation)。プリザベーション・ホール(Preservation Hall)。
ニューオリンズ(New Orleans)は、ジャズ(jazz)の発祥地であり、ジャズ(jazz)の本場となっています。
プリザベーション・ホール(Preservation
Hall)は、1960年代初めより、ジャズ(jazz)のコンサートホール(jazz venue・jazz
club)となっています。プリザベーション・ホール(Preservation
Hall)は、歴史も含めて、アメリカで、最も、有名な、ジャズ(jazz)のコンサートホール(jazz venue・jazz
club)の一つとなっています。
https://youtu.be/VJnq7PLYb-w?si=Kg9fYd3U3pOS1A_d
動画は、借り物。Preservation Hall Jazz Bandの演奏の例。
私は、大学生の時、アメリカで、中古のBuickを購入し、自動車で、アメリカ横断、一人旅をしたのですが(その際、その後、仕事や旅行で訪れる事は、めったにないであろう南部のルートを中心に横断しました)、その時に、ニューオリンズ(New
Orleans)を訪れた際に、プリザベーション・ホール(Preservation
Hall)で、ジャズ(jazz)の、コンサート(concert)を見ています。
ええじゃないか(ee
ja nai
ka)は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の末期の、1867年に、日本で、発生した騒動で、民衆・庶民の間に、「空から、神の、お札が降って来る。これは、良い事が起こる前触れだ」と言う話が広まると共に、民衆・庶民が仮装する等をして、集団で、練り歩きながら(歩きながら)、熱狂的に踊ったと言う、現象・流行です。

写真は、借り物。ええじゃないか(ee ja nai ka)で、踊る人々を描いた、1867年の絵。河鍋 暁斎(kawanabe kyousai)(1831年生まれ。1889年に亡くなる。19世紀中期から後期に活躍した、日本の浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)画家・日本伝統画家)の作品です。
河鍋 暁斎(kawanabe kyousai)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
月岡 芳年(tsukioka yoshitoshi)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3844432/page/23?&sfl=membername&stx=nnemon2
後述する、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)で、ええじゃないか(ee ja nai ka)で、踊る人々が出て来ます。
岡本 喜八(okamoto kihachi)(1924年生まれ。2005年に亡くなる)は、1950年代後期から2000年代初め頃まで(特に、1950年代後期から1970年代にかけて)活躍していた、日本の、映画監督です。

写真は、借り物。1960年頃の写真。右側の男性、岡本 喜八(okamoto kihachi)。左側の女性、岡本 喜八(okamoto kihachi)の妻で、岡本 みね子(okamoto mineko)(日本の、映画producer)。後述する、岡本 真実(okamoto mami)の両親。
「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」は、筒井 康隆(tsttsui yasutaka)(1934年生まれ。1960年代中期頃から活躍している、日本の、小説家・SF(science fiction)小説家)の、1981年の小説です。
「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)は、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(筒井
康隆(tsttsui yasutaka)の、1981年の小説)を原作とした映画で、岡本 喜八(okamoto kihachi)の監督作品です。
徳川(tokugawa)将軍(shogun)家は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、東京(当時は、江戸(edo)と呼ばれていた)を拠点として、日本全国の地方領主達の長(leader)として、日本を実質的に統治していた家です。
「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)は、戊辰(boshin)戦争(下の補足説明を参照)の、前夜の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の末期の、1867年の、日本の、田舎の、貧乏な(貧しい)、地方領主の、城(castle)を舞台とした映画です。
戊辰(boshin)戦争:1868年から1869年にかけて行われた、明治(meiji)時代(1868年から1912年)の新しい日本の中央政府の軍と、旧(かつての)徳川(tokugawa)幕府(bakufu)(江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)における、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家による、日本の政府)側の侍(samurai)達の軍による戦争(日本国内の内戦)。明治(meiji)時代の新しい日本の中央政府の勝利に終わる。ちなみに、東京の上野(ueno)が、戊辰(boshin)戦争の戦場となった頃は、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家自体は、既に、明治(meiji)時代の新しい日本の中央政府に恭順の意を示しており、戊辰(boshin)戦争に関わっていませんでした。
ちなみに、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家は、近代においては(19世紀末から第2次世界大戦後、間も無くまでおいては)、貴族階級に組み入れられ(公爵となり)、日本の上流階級としての地位と富は維持しました。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
江戸城跡・旧徳川邸他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3901679/page/6?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、東京の上野(ueno)及び、戊辰(boshin)戦争に関する参考の投稿です。
清水堂・不忍池他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3924662/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京都美術館 出張江戸博後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3924660/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
前述の通り、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)は、戊辰(boshin)戦争の、前夜の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の末期の、1867年の、日本の、田舎の、貧乏な(貧しい)、地方領主の、城(castle)を舞台とした映画です。
以下、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)(以下、この映画と書きます)の概要です。
南北戦争(American
Civil
War)(1861年から1865年)後、自由になり、アメリカから、船で、故郷のアフリカに帰ろうとしたが、色々とあって(紆余曲折あって)、嵐により、静岡(shizuoka)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の、貧乏な(貧しい)、地方領主(以下、地方領主と書きます)の領地に、漂着した、4人の黒人(楽器の演奏が得意)と、音楽が好きで、好奇心が旺盛な、地方領主との交流を描いた、コメディ(comedy)・娯楽映画。
地方領主は、城(castle)(この映画の舞台は、ほとんどが、地方領主の、城(castle)の中である)に、2人の妹と共に暮らしている(妻は、東京の、別荘(別宅)の方に暮らしている)。
地方領主の城(castle)は、東海道(tokaido)(下の補足説明を参照)の難所の通り道に位置しており、城(castle)自体が、徳川(tokugawa)幕府(bakufu)(江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)における、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家による、日本の政府)側の侍(samurai)達と、徳川(tokugawa)幕府(bakufu)を倒す事を狙っている侍(samurai)達の通り道となっており、慌ただしく、忙しい。
東海道(tokaido):江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、東京を起点とした、5つの主要な街道の一つで、東京を起点とした、5つの主要な街道の中で、最も、重要な街道。東京と京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市で、794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)を結んでいた。
自分の領地に漂着した、4人の黒人について、地方領主は、どうすべきか、徳川(tokugawa)幕府(bakufu)に、問い合わせるが、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の末期の混乱状況の中で、徳川(tokugawa)幕府(bakufu)は、その様な事に関わっている余裕はない。
地方領主は、とりあえず(取り敢えず)、黒人達を、城(castle)の地下の、座敷牢(外部から施錠する形で、城(castle)に設けられた部屋。
監獄等のような犯罪者収容の為の施設ではなく、地方領主の、私的な理由・事情等によって対象者を軟禁(監禁)するための施設。説明は、wikiを参考にしました)に、収める事にした。
以上、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)の概要でした。
ちなみに、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)で演奏される様な、完成された、ジャズ(jazz)の歴史は、実際には(現実には)、もっと、後の時代からの事です。まあ、フィクション(fiction)(作り物)の、娯楽映画なので。
ちなみに、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)において、黒人俳優達は、アメリカから来日しましたが、アメリカの南部の場面は、日本の、静岡(shizuoka)県で撮影され、アメリカでは、映画の撮影は行われていない様です(wikiを参考にしました)。
動画は、借り物。「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)の予告編。
現在、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)が、期間限定で(6月13日の20時から6月27日の19時59分まで)、you tubeで、公式で、公開されています。
現在、期間限定で(6月13日の20時から6月27日の19時59分まで)、you tubeで、公式で、公開されている、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)(フル映画)→
https://youtu.be/lXrHt9CS484?si=i8hqDYStLnTdVjPv
ちなみに、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)において、地方領主の2人いる妹の内、下の方の妹(年下の方の妹)の役を、岡本 真実(okamoto mami)(岡本 喜八(okamoto kihachi)監督の娘)が演じています。岡本 真実(okamoto mami)(1962年生まれ)は、日本の、元(かつての)女優で、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)が、映画のデビュー(debut)作(映画の、初出演作品)であった様です(それよりも前から(1983年頃から)、テレビのドラマ(drama)には出演していた)。岡本 真実(okamoto mami)は、女優としては、成功出来なかった(目立った活躍をする事なく終わった)様です。岡本 真実(okamoto mami)は、現在、喜八 (kihachi)productions(岡本 喜八(okamoto kihachi)監督の作品の著作権等を管理する会社)の社長となっている様です。
「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)は、学生(中学生・高校生・大学生)の頃、ケーブルテレビ(cable
television)の、映画専門チャンネルで放送されていた物を録画して見た事があるかもしれませんが、内容を、忘れてしまっていたので(と言うか、見た事があるのかないのかも、忘れてしまっていたので)、今週の日曜日(一昨日)、彼女と、我が家のテレビで、改めて、見てみました。
ちなみに、学生時代は、大学時代も含めて、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の近所の私の実家(元々、私の母方の祖父母の家。母方の祖父母共、既に亡くなり、現在は、両親が引き継いで暮らしている。ちなみに、私の母は、一人っ子です)に暮らしていました(大学は、東京の、私立の大学で、大学を含めて、通学時間は短かったです)。
今回、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)を、改めて、見た、個人的な感想は、完全に駄作(完全に、駄目な映画)と言った感想でした。
発想・設定は、面白いと思いますが、発想・設定の面白さを、全く、活かせていないと言った感じです(原作の小説は読んでいないので、原作の小説は、どうか分かりませんが)。
グダグダと、ノロノロと(遅く)・退屈に話が進んで、最後、アッと驚く様な展開や盛り上がりもなく、そのまま、最後まで、グダグダと退屈に、凡庸に、安っぽく(チープで)、下らなく(安っぽく(チープで)、下らなくても、面白ければ良いですが、面白くもない)、終わってしまった感じです。見たのが、時間の無駄だったと言った感じでした。
岡本
喜八(okamoto
kihachi)は、日本の、巨匠とされる映画監督の一人で、作家や映画監督、映画評論家、俳優等、日本の文化人達の間で、ファン(fan)が多く、アメリカの有名な映画監督にも、岡本
喜八(okamoto
kihachi)の熱心なファン(fan)がいる様ですが、「ジャズ(jazz)大名(daimyo)」(1986年の、日本の映画)に関しては、岡本
喜八(okamoto kihachi)監督の、完全な、失敗作品だと思います。
ちなみに、岡本 喜八(okamoto
kihachi)が亡くなった後、2007年に、ベルリン国際映画祭(Berlin International Film Festival)で、岡本
喜八(okamoto kihachi)の監督作品の映画の、特集上映が行われた様です。
ちなみに、庵野 秀明(anno
hideaki)(1960年生まれ。日本の有名な、アニメ(anime)監督・アニメーション映画(animated
film)監督・映画監督。代表作は、「新世紀エヴァンゲリオン(Neon Genesis
Evangelion)」(アニメ(anime)テレビシリーズ(television
series)は、1995年から1996年。映画は、1997年から1998年)等)も、岡本 喜八(okamoto
kihachi)の、熱心な、ファン(fan)である様です。