投稿文の補足で、以下の投稿文で、「写真以下5枚。もう既に営業していない、温泉旅館の建物が、そのまま放置されています。建物は、19世紀から1930年代の間に、建てられた物と思われます。」とありますが、その温泉旅館、建物が改修された上で、2019年の2月に、高級温泉旅館として、復活し、営業を再開しました。
以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
以下、基本的に、2013年の1月の下旬に行った投稿の再掲で、彼女(私の今の彼女)と、湯河原(yugawara)・箱根(hakone)方面に遊びに行って来た時の物です。 ちなみに、当時、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と付き合い始めの頃で、彼女は、当時、まだ10代の女子大生でしたw ちなみに、私は、当時から、特に遠慮はしないで(自然体で)、彼女に、大人の世界を見せて来ました。
去年の、11月の終わりに、湯河原(yugawara)に、一泊の、温泉小旅行に行って来た時の物です。
湯河原(yugawara)(東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の南西端に位置する)は、神奈川(kanagawa)県南西部の小田原(odawara)・箱根(hakone)area(箱根(hakone)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地。小田原(odawara)は、箱根(hakone)観光の拠点となっている中都市(中規模程度の人口の都市)で、旧城下町)と伊豆(izu)半島area(静岡(shizuoka)県の東端のエリア(area)の海沿い部分。比較的大きな半島となっている。温泉地が、たくさんあり、東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)resort地として、東京areaから、非常に多くの人々が保養に訪れる)の間、伊豆(izu)半島の東の付け根に接する辺りにある、歴史の古い温泉保養地です。
湯河原(yugawara)は、万葉集(manyousyu。8世紀頃に編集された、歌集(詩集)。7世紀から8世紀半ば頃までに詠まれた、歌(詩)が、収められている)の中の歌(詩)にも登場する、東京に近い、歴史の古い温泉保養地です。湯河原(yugawara)は、第2次世界大戦前から、作家等の著名人に愛されて来ました。湯河原(yugawara)は、ビーチ(beach)を有する、海沿いの保養地でもありますが、温泉地は、主として、緑の多い、山の方に広がっています。
写真以下29枚。先に、2日目に、(この時、私達が、宿泊した)温泉旅館を、チェックアウト(checkout)してから、自動車を、(温泉旅館の)駐車場に置かせて貰って、温泉旅館の周辺(湯河原(yugawara)の山側の温泉地)を、ぶらぶら散歩した際に、撮影した写真をアップ(upload)します。ちなみに、初日は、温泉旅館に、チェックイン(check-in)し、温泉旅館で、のんびりするだけでした。
写真以下。湯河原(yugawara)の山側の温泉地の風景。2日目に、(この時、私達が、宿泊した)温泉旅館を、チェックアウト(checkout)してから、自動車を、(温泉旅館の)駐車場に置かせて貰って、温泉旅館の周辺(湯河原(yugawara)の山側の温泉地)を、ぶらぶら、散歩した際に、撮影。


写真以下5枚。もう既に営業していない、温泉旅館の建物が、そのまま放置されています。建物は、19世紀から1930年代の間に、建てられた物と思われます。
1920年代から1930年代頃に建てられたと思われる、西洋式の、個人の別荘の建物(おそらく。。。)。写真に写っているのは、建物の極一部で、かなり大きな建物です。
藤田屋(fujitaya)。1882年創業の、(現在も営業を続けている温泉旅館の中では)歴史のある、高級温泉旅館です。藤田屋(fujitaya)は、東郷
平八郎(togo
heihachiro)(下の補足説明参照)等、多くの著名人が宿泊して来た温泉旅館の様です。私は、宿泊した事がありませんが、いつか(別に、いますぐでなくても良い。。。まあ、高齢者になった時にでも。。。)、宿泊してみたいと思っています。現在の、この旅館の本館(main)の建物(写真の建物))は、1882年(開業年と同年)に建てられた物の様です。
東郷 平八郎(togo
heihachiro):日露戦争(1904年から1905年にかけて行われた、日本と、ロシア(Russia)との間の戦争)において、日本海軍の連合艦隊を率いて、(当時、世界最強の艦隊の一つと言われた)ロシア(Russia)のバルチック艦隊(Baltic
Fleet)と戦い、勝利を収めた、軍人(海軍大将)。この戦いの勝利は、この戦争の、日本の、実質的な勝利を決定づける、重要な要因の一つとなった。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
湯河原・箱根小旅行2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3753978?&sfl=membername&stx=nnemon2