以下、関連投稿。
フランス・イギリス伝統ケーキ他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3841052?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、8月13日の夜に行った、「小原 古邨 君たちはどう生きるか他」と言う投稿の再掲です。
今週の月曜日(昨日)は、日本は、祝日(国民の休日)で、日本では、先週の土曜日から来週の日曜日まで、休みとする人も、少なくないと思いますが、私は、昨日も今日も仕事でした(昨日は、彼女は、我が家に泊まりませんでした。今日も、彼女は、我が家に泊まりません)。
宮崎 駿(miyazaki hayao)(1941年生まれ)は、日本の世界的に有名な、アニメーション(animation)作家・アニメーション映画(animated film)監督です。
Studio Ghibliは、宮崎 駿(miyazaki hayao)が設立した、アニメーション(animation)制作会社(film studio)です。
宮崎
駿(miyazaki hayao)の監督作品の、2002年の、日本の長編アニメーション映画(animated film)(Studio
Ghibli作品)、「千と千尋の神隠し(Spirited Away)」が、2002年の、ベルリン国際映画祭(Berlin
International Film Festival)で、金熊賞(Golden Bear)を受賞した他(「千と千尋の神隠し(Spirited
Away)」は、2002年の、アカデミー賞(Academy Awards)の、長編アニメ映画賞(Academy Award fo・r Best
Animated Feature)も受賞しています)、宮崎 駿(miyazaki
hayao)の監督作品は、日本国内及び日本国外で、多数の賞を受賞しており、宮崎 駿(miyazaki
hayao)自身も、ベネチア(ヴェネツィア)国際映画祭(Venice Film Festival)の、栄誉金獅子賞(Golden Lion
fo・r Lifetime Achievement)(2005年)、アカデミー賞(Academy Awards))の名誉賞(Academy
Honorary Award)(2014年)他、日本国内及び日本国外で、多数の賞を受賞しています。
君たちはどう生きるか(The Boy and the Heron)は、宮崎 駿(miyazaki hayao)の、最新の監督作品で、2023年の、日本の長編アニメーション映画(animated film)(Studio Ghibli作品)作品です。
君たちはどう生きるか(The
Boy and the
Heron)(日本国内では、2023年7月14日に公開され、週末興行収入1位を獲得、アメリカでは、2023年12月8日に公開され、アメリカでも、週末興行収入1位を獲得しています)は、2024年の、アカデミー賞(Academy
Awards)の、長編アニメ映画賞(Academy Award fo・r Best Animated
Feature)他、日本国内及び日本国外で、多数の賞を受賞しています。
君たちはどう生きるか(The Boy and
the
Heron)は、私も彼女も、訳の分からない(意味が分からない)内容の映画であると言う話は聞いていましたし、元々、映画館で見る程の魅力は感じておらず、映画館で見るつもりはありませんでしたが(家では見るつもりでいた)、先週の金曜日に、私も彼女も、早めに仕事を終え、彼女と待ち合わせて(先週の金曜日は、彼女は、我が家に泊まりました)、下高井戸(shimotakaido)シネマ(cinema)で、夕方から、「君たちはどう生きるか(The
Boy and the Heron)」を見ました。
下高井戸(shimotakaido)は、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区)の北東部area(私の街との地理的な関係は、概ね、私の街(渋谷(shibuya)区の中北部)の北の隣街(渋谷(shibuya)区の北端部)の西の隣街に該当する地域)にある地域です。
下高井戸(shimotakaido)シネマ(cinema)は、下高井戸(shimotakaido)にある、小規模な映画館で、「名画座」(meigaza)(主に旧作映画を主体に上映する映画館)にあたり、東京に残っている数少ない名画座(meigaza)(主に旧作映画を主体に上映する映画館)の一つです。
下高井戸(shimotakaido)シネマ(cinema)→
http://shimotakaidocinema.com/
「君たちはどう生きるか(The Boy and the Heron)」を見た感想は、私も彼女も、同じだったのですが、やはり、話の、訳の分からない(あまり意味が分からない)映画であり、良さの、よく分からない映画でしたw
宮崎
駿(miyazaki hayao)も、「君たちはどう生きるか(The Boy and the
Heron)」の試写会を見た人達に対して、「おそらく、訳が分からなかった事でしょう(意味が分からなかった事でしょう)。私自身、訳が分からない所(意味が分からない所)がありました。」とコメントした様で、自分自身が、意味が分からない映画を、自由に作る事が許される監督は、宮崎
駿(miyazaki hayao)を含めて、世界でも、極少数(とても少数)しかいないのではないでしょうか?w
ちなみに、宮崎 駿(miyazaki hayao)は、意味が分かり、(私)個人的に、素晴らしいと思う、映画も作って来ています。
以下3つ(動画は、借り物)。「君たちはどう生きるか(The Boy and the Heron)」の予告編等。
https://youtu.be/_K-Gtld4LlM?si=kIkyDGewVakYZl-c
これは、宮崎 駿(miyazaki hayao)監督の、これまでの監督作品を振り返る映像付き。
https://youtu.be/t5khm-VjEu4?si=eNfQsX__HN7G8L7l
https://youtu.be/f7EDFdA10pg?si=L61J5pEx54CB-Uwa
https://youtu.be/abKcYyQ1V7Y?si=FXoenUMuQdYc3F2K
動画は、借り物。「君たちはどう生きるか(The Boy and the Heron)」のテーマ曲で、米津 玄師(yonezu kenshi)(1991年生まれ。2010年代初め頃から活躍している、日本の、歌手・作詞家・作曲家)の曲。
鷺は、古くから、神の使いとされて来ました。
太田(oota)記念美術館は、原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)areaにある、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)の専門の美術館です。
原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)areaは、東京の大規模繁華街の中で、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)に、最も近い繁華街の一つで、我が家の最寄り駅から、地下鉄で5分程の場所にあります(運賃178円)。
写真以下2枚。前にアップした写真の再利用。2019年2月1日から3月24日にかけて、太田(oota)記念美術館で開催されていた、小原
古邨(ohara
koson)の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)の、チラシ(lealet)。この展覧会(exhibition)は、彼女と見ました。
小原 古邨(ohara koson)(1877年生まれ、1945年に亡くなる)は、日本の、近代の、浮世絵(ukoyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)画家です。
以下、「」内。小原 古邨(ohara koson)の絵の特徴です。この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。
「小原
古邨(ohara
koson)は、鳥や動物、花と言った身近な自然を、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)から受け継がれた、浮世絵(ukoyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)版画の技術を踏まえつつ、時代の好みに合わせながら、淡く美しい色彩で描きました。その可愛らしい動物たちの姿は、どこか懐かしさを感じさせることでしょう」
以下、参考の投稿。
動物百景(古い動物絵画等)展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3828255/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
太田記念美術館 猫の浮世絵展覧会他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3683862/page/25?&sfl=membername&stx=nnemon2
明治神宮御苑他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3833002/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
太田美術館 月岡芳年展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3803636/page/7?&sfl=membername&stx=nnemon2
山種美術館 犬派?猫派?展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3826356/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
可愛くてごめん・日本の古い子犬の絵の例他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3823148/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
ペットの話→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3634898/page/45?&sfl=membername&stx=nnemon2
この展覧会(exhibition)は、東京都心部では、初めて開催された、小原 古邨(ohara koson)の全貌を紹介した、展覧会(exhibition)でした。
写真以下2枚。この、展覧会(exhibition)の展示作品例。この、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。全て、小原
古邨(ohara koson)の作品です。ちなみに、小原 古邨(ohara
koson)は、第二次世界大戦末期の1945年1月に、東京の自宅で、67歳で亡くなった様ですが、戦争(空襲)によって亡くなった訳ではない様です。
おまけ。前にアップした写真。この時、太田(ota)記念美術館の売店で買った物で、(彼女が選んだ)、彼女が、我が家で使う用の手拭。
写真以下31枚(写真は、何れも借り物)。小原 古邨(ohara koson)の作品例。
写真以下2枚は、鷺を描いた作品です。































参考に、Japonismeとは、19世紀中期から20世紀初頭にかけて(特に、19世紀の後半に)、フランスを中心とした、西洋の国々(ヨーロッパ及び北米)で、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)等の日本文化が流行すると共に、当時の(近代の)ヨーロッパを中心とした西洋の芸術・工芸に強い影響を与えた現象の事を言います。
以下、参考の投稿。
Japonisme他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3806140/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
120年前の別荘跡他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3733514/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
茅ヶ崎の150年以上の歴史を有する日本酒の会社他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3733513/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
太田記念美術館 Paul Jacoulet展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3736653/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
太陽族(50年代の若者文化)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3841050?&sfl=membername&stx=nnemon2
以上、8月13日の夜に行った、「小原 古邨 君たちはどう生きるか他」と言う投稿の再掲でした。
新版画(shinhaga)とは、近代版の、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)である、版画です。前述した、小原 古邨(ohara koson)は、新版画(shinhaga)の版画家の一人です。
後述する、渡邊 庄三郎(watanabe syouzaburou)(1885年生まれ。1962年に亡くなる。日本の美術商人)は、新版画(shinhaga)を牽引した人物です。
チャールズ・W・パートレット(Charles W. Bartlett)(1860年生まれ。1940年に亡くなる)は、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)の影響を、とても強く受けた、イギリスの画家・版画家で、新版画(shinhaga)の版画家です。
以下、「」内。チャールズ・W・パートレット(Charles W. Bartlett)に関する説明は、wikiを参考にしました。
「1860年生まれ。当初は冶金学を学び、数年間その分野で働いていました。
23歳の時、ロンドン(London)の王立芸術アカデミー(Royal Academy of
Arts)に入学し、絵画とエッチングを学びました。そして、ロンドン(London)での絵画研究の3年後、フランスに渡って、パリ(Paris)のアカデミー・ジュリアン(Académie
Julian)に入学し、ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル(Jules Joseph
Lefebvre)とギュスターヴ・ブーランジェ(Gustave Boulanger)に師事、主に、水彩画やエッチングを描いて活躍していました。
1889年に、一旦イギリスに戻り、結婚し、子供が生まれましたが、妻と幼子は出産後まもなく死亡しました。
チャールズ・W・パートレット(Charles W. Bartlett)は、その後、友人で仲間の画家フランク・ブラングウィン(Frank
Brangwyn)と共にヨーロッパに旅行をしており、フランク・ブラングウィン(Frank
Brangwyn)がチャールズ・W・パートレット(Charles W.
Bartlett)に、日本の版画を紹介したと言われています。チャールズ・W・パートレット(Charles W.
Bartlett)は、ヨーロッパでは、特に農民の様子を描いていました。1897年には、フランスの国民美術協会(Société Nationale
des Beaux-Arts)に招待されました。翌1898年に、再びイギリスに戻り、再婚しました。
チャールズ・W・パートレット(Charles
W. Bartlett)は、1913年に、裕福であった妻の家族からの資金援助をうけて、インド、セイロン(British
Ceylon)、インドネシア、中国へ旅立ち、その途中で、1915年に初めて日本に立ち寄りました。この時、自らの水彩画のスケッチを、新版画の版元、渡辺庄三郎(watanabe
syouzaburou)のもとに持ち込み、鉛筆を絵筆に持ち替えるところから始めて、木版画の制作を開始しました。
翌1916年に、渡辺庄三郎(watanabe syouzaburou)は、チャールズ・W・パートレット(Charles W.
Bartlett)による。日本の風景画、及び、インドの風景画の新版画(shinhaga)を発表しました。
チャールズ・W・パートレット(Charles
W.
Bartlett)は、1915年から1917年に日本に滞在し制作活動を行い、1917年から1919年にハワイ(Hawaii)のホノルル(Honolulu)に滞在しました。チャールズ・W・パートレット(Charles
W. Bartlett)は、1919年に、再び、日本を訪れ、制作活動を行った後、ハワイ(Hawaii)で暮らしました。」
写真以下(写真は、借り物)。チャールズ・W・パートレット(Charles W. Bartlett)の作品例。

1919年以前の作品。

1919年の作品。

1923年の作品。これは、絵画作品です。

1919年の作品。ハワイ(Hawaii)を題材にした作品です。

1918年の作品。第一次世界大戦(1914年から1918年)の、戦時寄付の、募集ポスター。
以下、参考の投稿。
200年近い歴史の化粧品会社他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3844435?&sfl=membername&stx=nnemon2
120年前の別荘跡他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3733514/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
茅ヶ崎の150年以上の歴史を有する日本酒の会社他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3733513/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
太田記念美術館 Paul Jacoulet展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3736653/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2