気持ち悪い事件でしたが、忘れかけた頃に死刑判決が出ました。
- 埼玉県熊谷市のペットショップ「アフリカケンネル」を経営する元夫婦X・Y子は、アラスカン・マラミュートのブリーダーとして名が知られていた。しかし、バブル崩壊後の売り上げの減少に加え、豪華な新犬舎兼自宅の建設などにより、借金がかさみ、店の経営に行き詰まった。
- 「アフリカケンネル」は詐欺¥的な商売を繰り返しており、顧客らとの間でトラブルが絶えなかった。代表¥的なのが、「子犬が産まれたら高値で引き取る」と謳って、犬のつがいを法外な価格で販売し、子犬が店に持ち込まれると、難癖を付けて値切るというもの。トラブルの発生した顧客らを、知り合いの獣医から譲り受けた犬の安楽死用の硝酸ストリキニーネを用いて毒殺し、計4人が犠牲となった。遺体は店の役員Z方の風呂場でバラバラにされた上、骨はドラム缶で焼却された。それらは群馬県内の山林や川に遺棄され、「遺体なき殺人」と呼ばれた。
- 1994年(平成6年)1月、大阪愛犬家連続殺人事件の被疑者を逮捕。本事件とは無関係であるが、埼玉でも同様に愛犬家が失踪しているとの噂¥が流れ始めた。2月からはマスコミが取り上げるようになり、事件が表¥面化。Xが身の潔白を主張する一方、行方不明となった犠牲者の家族は事件性を訴え続けた。
- 同年12月、Zの証言を基に被害者の遺骨や遺留品を発見。1995年(平成7年)1月5日、XとY子は逮捕された。物証がほとんど残されていないため、唯一一貫した供述をし、証拠の発見に協力したZの証言を元に、事件が立証されていった。しかし、Zは検察官との間に密約があったことを、自身の公判で証言。約束を反故にされたとして、X・Y子の公判では証言拒否の構¥えを見せた。
- XとY子は公判で、互いに相手が主犯だと主張したが、浦和地裁(現:さいたま地裁)は検察側の主張を全面的に認め、元夫婦が対等の立場で共謀し、犯行に及んだと認定(1件はXの単独犯行と認定)。2001年(平成13年)3月21日、元夫婦に求刑どおり死刑判決を言い渡した。2005年(平成17年)7月11日、東京高裁は一審死刑判決を支持し、元夫婦の控訴を棄却。元夫婦は上告したが、2009年(平成21年)6月5日、最高裁は上告を棄却。1審・2審の死刑判決が確定した
経過 [編集]
- 1993年(平成5年)4月20日 - 行田市の会社役員A(当時39歳)が勤務先から帰宅途中に失踪。(A事件)
- 1993年7月21日 - 大里郡江南町(現:熊谷市)の暴¥力団幹部B(同51歳)と住み込みの運転手C(同21歳)が自宅から失踪。(B・C事件)
- 1993年8月26日 - 行田市の主婦D子(同54歳)が買い物に出掛けたまま失踪。(D子事件)
- 1994年(平成6年)2月中旬 - 大阪愛犬家連続殺人事件が大々的に報道される中、埼玉の連続失踪が発覚し、マスコミに取り上げられ始める。
- 1994年12月13日 - Zの供述に基づき、群馬県利根郡片品村の山林からAの遺骨や遺留品を発見。
- 1995年(平成7年)1月5日 - XとY子をAに対する死体損壊・遺棄容疑で逮捕。8日にはZも同容疑で逮捕。
- 1995年1月〜2月 - 片品村周辺の河川などで大規模な捜索を決行。被害者4人の遺骨や遺留品を順次発見。4月4日までに、Xら3人を全事件で起訴(X=3件4人の殺人罪、死体損壊・遺棄罪。Y子=D子を除く2件3人の殺人罪、死体損壊・遺棄罪。Z=3件4人の死体損壊・遺棄罪)。
- 1995年4月〜5月 - 1984年(昭和59年)の失踪事件で、江南町の荒川等を捜索するも、立件できず。
- 1995年7月 - 浦和地裁でZ(7日)、XとY子(24日)の初公判がそれぞれ開かれる。
- 1995年12月15日 - Zに懲役3年の実刑判決(求刑・懲役3年6月)。Zは控訴。
- 1996年(平成8年)6月7日 - 東京高裁がZの控訴を棄却。上告せず確定。
- 2000年(平成12年)7月6日 - X・Y子に死刑を求刑。
- 2001年(平成13年)3月21日 - X・Y子に死刑判決。両名とも控訴。
- 2005年(平成17年)7月11日 - 東京高裁がX・Y子の控訴を棄却。両名とも上告。
- 2009年(平成21年)6月5日 - 最高裁がX・Y子の上告を棄却。両名とも死刑が確定。