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"偶像(朴正煕)" 死亡消息に笑いと涙が(李泳禧評伝)

"偶像(朴正煕)" 死亡消息に笑いと涙が

司馬遷はイルング(李陵)を弁護した任安に返事する文を書いたという理由でハンムゼに男最高の恥辱である弓形にあって監獄に閉じこめられた.

或者言うのを,天道には偏頗した私情がなくていつも善人の肩を持つと言った.それなら伯夷叔斉は果して先人だったろうかないか.彼らは人徳を積んだし行裝が清廉するのがこれと同じだったががそれなのに餓死した.孔子の 70人弟子の中で孔子は好学する唯一の弟子として顔淵を薦挙した.ところで顔淵はいつも食糧に不如意で槽糠さえ腹一杯食べることができなくて若い年で死んだ.(注釋 20)

司馬遷は天道が果してあることなのかを問った.自分を含んで正義のある人々が受難にあって暴君·悪人たちが得勢する姿を見た後に,価値に対する懷疑で不朽の力著"史記"を使った.

1970年代末リヤングフィ(李泳禧)を含めて民主化と平和統一運動をしながら独裁と争って処刑されるとか獄中生活を した人士の考えは司馬遷の鬱憤と特に違わなかったはずだ.

リヤングフィ(李泳禧)は 1年余り間比較的多い本を読んだ.コウン(高銀)詩人が差し入れてくれた邦訳八万大蔵径を含めて金剛経など仏教書籍を読んだ.感銘深く読んだ本はガンジーの自敍伝とネ-ルが獄中に筆を執ったお父さんが娘に送る手紙,モンテニューの寧想録,パスカルのパンセ,ルソーの自敍伝柄である告白録,ビクトールユゴーのレミゼラブル,プラトンのソクラテスとの対話,ゲーテ評伝柄であるエッカーマンのゲーテとの戦争,ベートーベンの伝記,ゾーンスチュアートㅡMillの自敍伝,俳優チャーリーチャプレンの自敍伝を読んだ.

東洋古典も落とさなかった.論語,孟子,菜根談,明心宝鑑に引き続き唐詩を読んだ.長年の友達Lim Jae-kyongが毎月入れてくれた本の中でルソーの告白録とビクトールユゴーの 1000ページに近い仏語版レミゼラブルとロシア作家ドストエフスキーの各種著作物を読んだ.彼に光州刑務所は指摘喉の渇きを癒してくれる,1.1坪の檻は小さな読書室だった.

リヤングフィ(李泳禧)は満期出所である(1980年 1月 9日)をいくら残さない 1979年 10月中旬ある日 ‘偶像’の死亡消息を聞いた.それも囚人の身分らしく破格的な方法で.

ある日朝ギムビョングゴンが運動しに行く道に密かに抜けて四つんばいをしたようにしては走って来て “朴正煕が死にました,すべて当たりました” そうしてからは一目散に逃げだすの.その言葉を聞くからその瞬間に私は涙と笑いがいっぺんに出ていたよ.今まで押えつけていたこの世の中の圧力,真っ黒いすべてのものが一瞬間におさめられるような,死で生き返えたようなそんな状態なのに,涙とともにでたらめに笑いが出ます.誰だったのか?金芝河がそうだったのか?芝河がその瞬間に人間無想を感じたと!“その権力者が鉄砲を叩かれて死ぬなんて” 話す文を書いたのに,私はそんな式の感情はなくて,ひたすら私があの重い海の上に浮び上がったような精神的無重力状態になったです.だから笑いと泣きが同時にマグナと,朴正煕がどんなに死んだかは分からないが涙がこんこんと零れ落ちながら大きい音で笑ったり泣いたりしながらごたまぜになったの.(注釋 21)

笑いと涙がいっぺんに出る二中感情,リヤングフィ(李泳禧)に朴正煕死亡消息を伝えたギムビョングゴンはソウル大経済学科学生で監獄でリーダーシップを発揮して服役者たちの愛と尊敬を一身に受けた民主化運動の学生代表だった.彼は切なくも出監いくら後に癌で死亡した.

自分を弾圧して監獄に放りこんだ ‘偶像’が悲鳴に行ったがリヤングフィ(李泳禧)は無茶に ‘ゴブジングヨック’ ‘二中監獄’と呼ばれる ‘ボルバング’に閉じこめられる世話になった.‘偶像’の死亡消息を聞いて喜びにあふれて自分の領置金で収容人皆にキムチを回すようにして,いぶかしがる前の部屋の囚人に “新しい大統領が就任すればすぐ釈放されるかも知れない”と言った言葉が裏目に出た.リヤングフィ(李泳禧)は二日後怖い顔つきな合同捜査本部から来たという男たちに引かれて行った.10.26事態直後もう全斗換の合同捜査本部が光州刑務所まで掌握したのだ.

これらはリヤングフィ(李泳禧)が服役者たちに “革命が起きるでしょう”,“すぐ以北から下るでしょう”と言うものを言ったとしながら調査してひどく殴りをした.そして 22日間の ‘ボルバングヒョング’を下げた.ある前科 6虎の服役者が嘘を構えて押してをしたのだ.すべての良心囚たちの歓喜の瞬間にリヤングフィ(李泳禧)は無茶に殴りにあって監獄大引けという ‘ボルバング’で 22日間を呻かなければならなかった.

リヤングフィ(李泳禧)は ‘ボルバング’生活まで無事に(?) 終えて 1980年 1月 19日満了日に釈放された.
 
九回連行されて,五回拘置所に行って,三度裁判を受けて総 1,012日の監獄生活をして,言論界で二度退職されて,教授職で二度解職される波瀾と重畳の苦難史で,今度獄苦と釈放はその中間位に当たる.(RW)

出処: 金三雄の "李泳禧評伝"(ohmynews.com)
翻訳: リチャード(richardwhang@daum.net)

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