
1999年 9月30日 : スレッシュホールド事故で顔と両腕に 10 Sv (シボト,Sievert)の中性子にあって被爆
10月10日 : 帳付けはないが, 赤いまだら, 嘔吐, 下痢, 意識障害等が現われる.
11月10日 : 肌がますますはげて, 70%がボッギョジョトルオジム.
12月20日 : ヤングアブパルブ(分)に植皮を行い.
2000年 1月 4日:顔面に植皮を行ったが, DNAの損傷で肌再生能力は忘れてしまっている.
2000年 4月27日 : 死亡
被爆治療 83日間の記録に出た被爆者の手短な治療日誌です.↓
1999年茨城東海村の致死量放射線スレッシュホールド社で場合
6日 - 90%の白血球が死滅. 白血球生成細胞移植
8日 - 胸医療テープをはなせば肌まではげ
11日 - 肺に水がお茶人工呼吸器装着
14日 - 電信の肌がずっとはげて寝るうちにも激甚な痛症
17日 - 白血球生成細胞移植が成功したように見えたが...
24日 - 身自体で放射能排出. 移植細胞の染色体も破損
27日 - 葬儀点泊がはげはじめ
30日 - 何番(回)の肌移植が皆失敗. 完全にゾンビみたいな外貌
48日 - 長で常時出血
59日 - 心臓止まりと蘇生が三度繰り返し. 深刻な脳損傷
65日 - 免疫細胞が変異. 正常な白血球を攻撃
83日 - 心臓を除いた全身筋肉が破壊. 死亡.
KJ 嫌韓たちけだものだけもできなかったごみたち ,放射能で
お前の全身が腐さってしまってうじがパモックウルス
あるように 持ち出した本気をつくして祈る.