済州島四・三事件(さいしゅうとうよんさんじけん)は、1948年4月3日に在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮(現在の大韓民国)の済州島で起こった島民の蜂起にともない、南朝鮮国防警備隊、韓国軍、韓国警察、朝鮮半島本土の右翼青年団などが1954年9月21日までの期間に引き起こした一連の島民虐殺事件を指す[2]。
韓国政府側は事件に南朝鮮労働党が関与しているとして、政府軍・警察による粛清をおこない、島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺された[3]。また、済州島の村々の70%が焼き尽くされた[3]。また、この事件は麗水順天の抗争の背景にもなった。
そして、2012年の4月3日(本日)
米大学で銃乱射、7人死亡 韓国系の男拘束
2012年4月3日 12時55分
2日、米カリフォルニア州オークランドで、銃乱射事件後、遺体のそばを歩く警官ら(ロイター=共同)
【オークランド共同】米カリフォルニア州オークランドにあるキリスト教系のオイコス大学の教室で2日、男が銃を乱射、警察当局によると、7人が死亡、3人が負傷した。警察は、犯人とみられる同大の元学生で韓国系のワン・ゴー容疑者(43)を拘束した。
米メディアが伝えた目撃者の話によると、容疑者は看護学の授業に使われる教室に入り、生徒らに壁に向かって並ぶよう命令。生徒らが逃げ始めると、銃を乱射したという。動機などは不明。
サンフランシスコの日本総領事館によると、日本人が巻き込まれたとの情報はない。
容疑者は逃走、数キロ離れたショッピングセンターで身柄を拘束された。
