「ああ、そうなの?」と軽く受け流すと、韓国人は「はい、今テレビのニュースでやっていました。おめでとうございます」と言います。
「おめでとうございます」と言われても、別に私がノーベル賞を取ったわけでもないし、多分受賞者は私の親戚でもないだろうし(その時は誰が受賞したか知りませんでした)、と困惑していると、韓国人は「謙遜ですね。自制的です!」と褒めてくれました(この韓国人は常連の一人で、かなり親日的)。
「いや、別に謙遜じゃないし」と私が言うと、その韓国人は「日本人がノーベル賞を取って嬉しくないのですか?」と不思議そうでした。
日本人がノーベル賞を取ったことそのものは、日本人として嬉しいことだとは思うけれど、それをまるで自分の手柄のように他国人に言いふらすことは、何だか違うような気がする、とその韓国人に説明したのですが、そういう考えは、韓国人的にはどこまでも謙遜に見えたようです。
実際、韓国の新聞などでは、日本人のノーベル賞受賞について剥き出しの嫉妬心を隠そうともせず、色々と論説をぶっております。中央日報では【「日本人がノーベル物理学賞を席巻」日本列島興奮】などという見出しを打っておりますが、実際のところは、日本より韓国の方がよほど興奮していたと思います。
この時期、毎年のように韓国では「何故韓国人がノーベル賞を取れないニカ?」と大騒ぎしているようです。
オリンピックやサッカーW杯などのスポーツであれば、どんな手段を用いようとも、その試合で結果を出せれば良いわけです。極端な話、ドーピングも、試合前の選手への妨害も、試合中の反則も、バレなければやった方が断然有利です。審判を買収するという手もあります。
どんなに卑怯でも不正な手段を用いたとしても、スポーツの場合は、それがバレなければ勝った者が勝ちです。後から多少不正を指摘されたとしても、それが疑惑に留まる限り、一度出た結果はまず覆りません。
しかし学術研究は違います。論文に矛盾や誤謬、牽強付会があれば別の研究者から激しく突っ込まれますし、資料に不備があればこれもまた厳しく追及されます。試験結果は追試で同様の結果が出なければ認められません。捏造した試験結果や資料などは論外です。
韓国人が学術研究で国際的な評価を得られない理由には、彼らが自分で分析しているようなものもあるでしょうが、それ以外にも、彼らがあえて目を逸らしている理由がいくつもあります。
ハングル専用もその理由のひとつにあげられるでしょうし、教育制度が整っている割に、教育のレベルが低いということもあげられるでしょう。
彼らの【8割でパペクト】という考えも一役買っているでしょうし、願望と研究結果が一致しない場合は願望を優先する彼らの習性も、大きな理由のひとつと言えます。あるいは、願望に基づいて研究を行なうという例もあるようです。
また他人の研究論文を剽窃することに躊躇がないのも、研究そのものよりも、それによって得られる富や名誉や権力に重点を置いていることも、かなり大きな理由になっているのではないかと思います。
これらの理由と、韓国人自身が掲げる【韓国人がノーベル賞を取れない理由】の全てが改善されれば、韓国人学者がノーベル賞の受賞レースのスタートラインに立つことが出来る日が来るかもしれません。
その日は、きっと来世紀中までには来るのではないかと思います。
それまで韓国が存在するかどうかはわかりませんが。