悲劇の島 済州 「4・3事件」 在日コリアンの記憶。
近年、済州島4・3事件のタブーがなくなり始めた。
その一環で、住民の証言を元に、住民の処刑場所だった済州空港を発掘調査した。

夥しい数の遺骨が発掘された。
手や足をしばられたままの遺骨だった。
わずか数十メートルの穴の中に、折り重なるように大量の遺骨があった。
李承晩の作戦の結果だ。
現在の大韓民国政府に処刑された人々だ。
北朝鮮の土地を共産主義者に奪われて、韓国に逃げてきた人々だ。
彼らは、西北青年会と称して、済州島を略奪、放火、rapeをしまくった。
注目すべきは、横断幕に RED DEVILS とある。
現在の韓国サッカーのサポーターと同じ名前だ。
何か繋がりがあるのだろうか? 両方とも犯罪者と言う点は同じのようだ。
彼らの略奪や、放火、rqpeにより島民は次第に共産主義化(赤化)に染まっていった。
そして、南朝鮮労働党という組織を作り李承晩に反逆した。 武装闘争を実行した。
島民たちは、鎮圧軍から逃げた。 済州島の中央に逃げた。
最後の南朝鮮労働党の反逆軍の司令官 李 徳九
李 承晩は、アメリカ軍が韓国から引きあげる前に、韓国内の政治を統合して、
権力基盤を早急に整えて、大韓民国で主導権を握ろうと画策した。
そのために、共産主義者を駆逐して 統治しやすいようにしようとした。
予備検束を実行した。
予備検束とは、島民を調査して 思想、犯罪履歴などを ABCDに区別して
重篤な共産主義者を全員処刑した。
また、連座制を適応して共産主義者がいた家族には渡航制限を課すなど赤狩りを実行した。
そして、最後に済州島 焦土化作戦を実行した。
共産主義者を根絶やしにするために、島の中央部に逃げ込んだ共産主義者を殲滅した。
まず、共産主義者でない島民に、島の沿岸から5Kmの範囲に非難するように伝えた。
そして、そのご5Km範囲外の中央部で赤狩りを実行した。
町ごと燃やして焼失させた。
共産主義者は見つかると、子供も大人も生きたまま火をつけられた。
また、連絡が不十分で正確に伝わっておらず、普通の村民が被害に多くあってしまった。
民主勢力まで、一緒に燃やした。
反乱軍のリーダー 李 徳九はつかまり処刑されて 磔にされた。
この時に逃げて日本に来た韓国人が、大阪に多くいる在日のほとんどである。
そして、同じ韓国人を大量に粛清した李 承晩は、その怒りや不満が自分に向かわないように
反日政策を強力に推進した。
竹島を武力占領したのも、その一環だろう。
内が混乱したときは、外に敵を作れ! 外交の古くからの手法だ。