67年前の“戦後秘話”に込められた日英の「絆」佐渡島民の協力で完成した映画『飛べ! ダコタ』

映画は、新潟県・佐渡島の寒村に不時着したイギリス軍輸送機、愛称「ダコタ」を、村民が一丸となって救援し、無事帰還させるまでを描いたもので、ま さに佐渡島民と英軍兵士の“絆”と“再生”の物語だ。映画完成までには3年の歳月がかかり、途中紆余(うよ)曲折を繰り返したが、エキストラ出演、裏方支 援など約3千人の島民が協力を惜しまなかった。佐渡島民の協力なくしては完成しなかった「佐渡ん人間(さどんもん)」の映画だともいえる。
しかし、なぜ今頃になって、こんな秘話が映画化されたのだろうか。
第2次世界大戦の終結から5カ月しかたっていない1946年(昭和21年)1月14日、英軍輸送機「ダコタ」が、佐渡島の小さな村(佐渡郡高千村)に不時着する。敵国だった英軍機の予期せぬ出現に、島民たちは戸惑い、困惑する。
しかし、佐渡島は古くは順徳天皇、日蓮上人らの島流しから、流人(江戸時代の犯罪者)までを受け入れてきた土地柄だけに、村民たちは「困った人間を 助けるのが、“佐渡ん人間”の精神だ」として、村総出で「ダコタ」の救出に協力する。実話では「ノタ」と呼ばれ強烈な暴風を避けるために、島民たちが輸送 機を綱で引き揚げ、最後は約40日かけ海岸に石を敷き詰めて約500メートルの滑走路を作り、無事に離陸させことに成功する。
当時、滑走路づくりに協力した70代、80代の村民が現在でも現場近くで生活している。にもかかわらず、こんな美談が今までなぜ表に出なかったの か。その背景には、出来事が終戦直後の混乱期だったこと、不時着した「ダコタ」機と佐渡から出兵した日本兵との間に不思議な因縁があったためだ。

不時着した英軍輸送機は、第2次世界大戦中、「SISTER ANN」と呼ばれる要人専用機で、英国の東南アジア地域連合軍(SEAC) 総司令官としてビルマ戦線で日本軍と戦い、最後は勝利して「ビルマのマウントバッテン」と呼ばれるようになったルイス・マウントバッテン伯爵が、使用して いた特別機であった。
不時着時に、同伯爵はもちろん搭乗していなかったが、上海の英国総領事が東京での連合国会議に出席するために乗っていた。輸送機は、海岸に3回バウンドし、危うく近くの岩礁に追突しそうになったが、船止めに引っかかって助かったという。
機種は、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーが戦後、厚木海軍飛行場に降り立ったダグラス・エアクラフト社の商用輸送「DC-3」の軍用量 産機で「C-47」。大戦中、長距離輸送機として活躍。実は、不時着機は、いまでも米国人オーナーによってフロリダ州エーボン・パーク空港の格納庫に保存 されている。しかし、個人所有のため、同機を撮影に使うことはできなかった。
このため、撮影スタッフが世界中を探し回った結果、タイに現存する「ダコタ」を見つけ出し、分解して佐渡に移送し、撮影にフル活用した。全長20 メートル、両翼30メートル、重さ6トンの機体の存在感は圧倒的だ。撮影現場となった佐渡の素浜海岸に「ダコタ」機は今でも置かれている。
http://www.nippon.com/ja/features/c01105/
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