リットン調査団の一員、マッコイ少将アメリカ代表が
当時の朝鮮総督に送った言葉。
自分は昨夜来、東洋における 一つの驚異を発見した。
それは、今回の旅行における大きい 収穫であった。
同時に、自分の今日までの研究不足を沁々と愧じて(恥じて)いる。
何であるかと いえば、朝鮮に対する全般的な認識の相違である。
我々は、朝鮮というところは 地理的には 大体 満州の延長であるから、
いつも通り匪賊(盗賊)が横行し、産業も振るわず(発展しないで)赤土色の禿山(何も無い山)の下で民衆は 懶惰(怠けた)な生活を 送っているものとだけ思っていた。
しかるに、列車が一度鴨緑江の鉄橋を超えるや、
車窓に隠見する時々物々(物が)、皆我々の予想に反し、
見渡す山や野原は青々として、繁茂し、農民は水田に出て
孜々(熱心に)として耕作に従事している。
そして、平壌その他 工業地帯の煙突は 活発に煙を吐き、
駅頭に見受ける民衆は 皆さっぱりした 衣服を纏い、
治安は良く維持されていて 何ら不満は無く、
民衆は極めて秩序正しく行動し
且つその顔に憂色(心を痛めている様子)が無く、満州に比べて別世界の観がある。
これはとりも直さず 貴国の植民地政策が妥当であって、
歴代の総督が熱心に善政を施された結果で あることを 率直に お喜びする。
「朝鮮新話」(鎌田沢一郎)(昭和25年発行)
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僕が全羅南道知事として終戦を迎えた際、
この道(どう)に進駐してきた米軍首席軍政官のリール・W・リーズ少佐
(イリノイ州在住の応召弁護士)が、
僕に向ってこんな感想を漏らしたことがあるんだよ。
「自分は沖縄方面から来たのだが、こちらに来るまでは、
日本の統治下における韓国の現状は実に悲惨なものだと聞かされていた。
ところが、実際の姿は聞いていたのとは違って、
道路交通網は普及し、しかも鉄道は自分の国と同じく広軌である。
水利灌漑施設の行き届いていること、学校校舎の立派なことなど、全く驚きに耐えない」
「日本と韓国」八木信雄 著
著者の八木信雄は、全羅南道の知事です。