倉山満「朝鮮はしょせん中国史の一部」
2013.11.18
倉山満氏
前回の記事(http://nikkan-spa.jp/534592)で 「韓国人の歴史観はすべてファンタジー」と切り捨てた憲政史研究者の倉山満氏だが、意外なことに「研究者として朝鮮半島はまったく視界に入っていませんで した。なんの関心を持たなくても、まったく差し障りがなかったからです」と、衝撃的な告白をする。そもそも氏の専門は憲政史であり、史学では政治外交史に 分類されるが、当然、周辺諸国のことも知らねばならないはずだ。なぜなのか?
「朝鮮は常に『場』(Theater)であっても、『主体』(Actor)ではなかったからです。例えば、琉球という『場』で日本と中国という二つの 『国』(Actor)が争うことはあっても、琉球が『主体』でなないことと同じ構図です。朝鮮には独自の文化こそあれど、常に『中華様』の属国であり、独 立した国ではなかった。日本の東洋史学界でも、朝鮮はしょせん中国史の一部。常に小国で主体性のある『国』ではなく、周辺諸国に蹂躙される『場』でしかな かったからです」
倉山氏はその端的な事例として「豊臣秀吉の朝鮮出兵」を挙げる。
「戦国時代を統一した秀吉は海外進出を考えます。ポルトガルやスペインの来訪によって大航海時代の実態を知ったからです。そこで手始めに『唐陣』つまり中 国征伐を開始するのですが、その際に朝鮮はただの通り道でしかありませんでした。秀吉には『朝鮮出兵』を行ったという自覚はなく、本人の意識はあくまで対 明征伐であり、朝鮮を対等の敵とは見做していないのです。『明』を宗主国と仰ぐ朝鮮は抵抗して城に立て籠もりますが、軍事大国である当時の日本軍は二時間 で落とし、一か月後には首都漢城(ソウル)を攻略しています。その後、朝鮮と明は約二十四万人を動員しますが、総戦死者数は十数万人にのぼります。よく 『朝鮮侵略』と言われますが、『秀吉の殺戮』と言い直したほうがいいでしょう」
朝鮮はその後、満州族が建てた「清」を宗主国と仰ぎ従属するが、欧米帝国主義の波が東アジアにも押し寄せ、明治初期には日本と清が「1874年の台湾出 兵」「1875年の江華島事件(日本と朝鮮による武力衝突)」という二つの事件によって対立する。ここでも「場」こそ「台湾」と「朝鮮」だが、主体はあく まで「日本」と「清」の二か国だったという。
「当時の日本としては安全保障上、朝鮮にはまともな独立国になってもらいたい。いつロシアが南下するとも知れず、早く半島ごと防壁になってほしいのです。 そこで、日本は宗主国を名乗る清国に事あるごとに『朝鮮や台湾のやることに責任を持てるのか?』と突きつけてきたわけです。清は『朝鮮は我々の属国ではあ るが、独自の内政外交を行っているので、責任は負えない』と逃げてしまう。そこで清には朝鮮が独立国だと認めさせる布石にしつつ、現実の朝鮮には力関係を 思い知らせる両睨みの交渉として、日朝修好条規という不平等条約を押し付けたわけです」
日本は朝鮮を「主体」に引き上げようとする。しかし、当の朝鮮宮廷は大国に媚びては政敵を倒し、自派を拡充するという内紛に明け暮れ、主張も思想も入れ替わるため、結局「主体」にはなれず、常に日清・日露の代理戦争の「場」でしかなかったという。
「日清戦争で清が退場するとロシアに媚びるのですが、そのロシアも日露戦争で退場します。朝鮮宮廷はパニックになり、安重根の伊藤博文暗殺が引き金となっ て日本に併合されます。そもそも日本の事情としては、韓国の併合には慎重でした。なぜなら植民地化すれば経済や軍事の負担は重く、日本経済が破綻しかねま せん。しかし、大韓帝国総理大臣である李完用の政権は心もとなく、親日派は日本への併合を望む団体をつくってまで媚びてきます。その一方ではテロが収まる 気配もない。そんな緊張関係のなかかで伊藤が即時併合論を抑えていたのに、安重根が伊藤を暗殺し、すべてをぶち壊してしまったのです。安重根が大韓帝国の 愛国者であったことは否定しませんが、政治はすべて結果責任です。後先を考えない行動は愚行でしかないのです」
倉山氏の新刊『嘘だらけの日韓近現代史』 では、「『日清戦争は朝鮮の約束違反が招いた』『日露戦争はロシアに媚びた朝鮮が招いた』」と分析し、またその後、日本による韓国の植民地支配が「お人よ しすぎたがために、大日本帝国は滅亡してしまう」という実に興味深い指摘をしている。その詳細についてはぜひ、本書で確認していただきたい。 <取材・文 /日刊SPA!取材班 撮影/岡戸雅樹>
倉山満「朝鮮人を人間扱いしたから大日本帝国は滅びた」
2013.11.22
倉山満氏。憲政史研究者。ベストセラー『嘘だらけの日米近現代史』『嘘だらけの日中近現代史』に続く最新作『嘘だらけの日韓近現代史』を12月2日に発売
前回の記事(http://nikkan-spa.jp/538293)で憲政史研究者の倉山満氏は「日本の植民地支配が『お人よしすぎた』ために大日本帝国を滅ぼした」と示唆しています。その本意はどこにあるのか? 倉山氏に直撃した。
「安重根が伊藤博文を愚かにも暗殺したことが日韓併合の引き金になったのですが、そもそも日本は植民地を持つ資格がなかったのです。なぜか? それは日本 人が朝鮮人を人間扱いするほど『甘かった』からです。朝鮮を植民地にしたのなら、人間扱いをしてはならなかった。この言葉をもって、『こんなことを言うヤ ツは差別主義者だ』『右翼・民族主義の過激派だ』などと思った方は当時の世界の常識を知らないと、自白していることになります。そもそも植民地とは何かと いうと、搾取する土地です。朝鮮半島に搾り取る資源があったのかというと、何もありませんでした。そんな土地を生真面目な日本人は『貨幣経済を浸透させよ う』『文明化しなければならない』『インフラを整えよう』と使命感に燃え、やりとげてしまった」
確かに、当時の価値観からすれば、ヨーロッパ人が行った搾取とは一線を画している。むしろ、大日本帝国憲法を適用し、正確に言えば、植民地ではなく「海外領」として扱ったと言ったほうがいいのかもしれない。
「イギリスでいえば、インドは植民地ですが、カナダは海外領になります。そして日本は朝鮮に急速に文明化をもたらします。当時、満洲では朝鮮人と漢民族の 対立が激化し、日本への侮日行為や居住権の侵害が繰り返され、朝鮮人農民が被害を受けます。そこで日本人はハタと『半島と大陸は陸続きだ』と気づくので す。日本人の悪い癖に『問題を解決しなければならない病』があります。日本は帝国臣民である朝鮮人の権利を守るため、中華民国と対峙することになり、満洲 事変、支那事変と戦線を拡大し、大陸経営へと深入りして破滅していったのです。日本というのはどこまでお人よしなのでしょうか。どこの国が植民地のために 世界中を敵に回すでしょうか? イギリスがアイルランドのために、アメリカがフィリピンのために、いったい何をしたというのでしょうか?」
昭和6年から昭和20年まで、朝鮮人が「反中親日」になった「唯一の時代」だったと倉山氏は指摘する。「宗主国の日本が朝鮮のために世界中を敵に回してまで自分をイジめた中国を叩きのめしてくれたのです。当たり前でしょう」とも。
「今となっては、そんな恩を韓国人はすっかり忘れ去っています。前々回の記事(http://nikkan-spa.jp/534592) でも指摘したとおり、『やってもいない抗日闘争』を建国の理念にしたことによって、歴史が矛盾だらけになり、歴史観がファンタジーだと笑われるのです。も う一度言っておきましょう。韓国はやってもない抗日闘争を建国の理念とすれば、スターリンが指導していた抗日パルチザンである金日成を英雄視するしかあり ません。テロリズムを賛美し、北朝鮮という敵国の指導者が自分たちを正統に支配する権利を持っていることになる。一方の韓国初代大統領である李承晩はアメ リカで独立運動と称してカンパを集めて遊んでいただけです。連合国に参加したわけでも自力で戦ってソウルを解放したわけでない。何ひとつ英雄らしい行動を とっていません。韓国人はいい加減、『反日お国自慢歴史観』を卒業すべきでしょう」
倉山氏は新刊『嘘だらけの日韓近現代史』のなかで、「朝鮮半島の歴史を読み解くうえで重要な三法則ある」とも指摘している。その三法則とは以下のとおりだ。
【韓国の三法則】
一、頭の中身がファンタジー
ニ、軍国主義でないと正気が保てない
三、反日を言ってないと親日になってしまう
詳細はぜひ本書で確かめてほしい。
<取材・文/日刊SPA!取材班 撮影/岡戸雅樹>