第二次世界大戦中に、朝鮮人労働者の飯場が置かれ、戦後、彼らは立ち退きを拒否し居座り、長らく不法占拠の状態が続いていた。
土地を所有していた日産車体株式会社は朝鮮人、許昌九に3億円で土地を売却し、土地は所有権を転々し西日本殖産(許昌九の親族が代表の法人)が住民に立ち退きを要求した。
その後、韓国内のウトロへの興味が集まり韓国政府が土地の買い取りに出資を決めたが出資金はウォン安で半減し、買い取り面積も半分程度になった。
最終的にウトロの所有権は住民出資の財団、韓国政府出資の財団、西日本殖産の3者に帰属している。
不法占拠の街から、朝鮮人の強欲と不手際を象徴する街になっている。


