znlwmznltrn 08-24 18:40:17
韓国語で表示
歳月号は和製ですが. また costaが自爆 ww
- 船を運行していた清海鎮海運の発表によると、事故当時、セウォルには大型トレーラー3台など車両180台で2451トン、大型鉄製タンク3基など貨物1157トンが積まれていた。だが、発表内容には疑問がもたれ、聯合ニュースは「最大積載量を超過していた可能性が高い」という。実際に、セウォルの車両積載限度は150台となっている。船の運航会社は、貨物も含めた総積載量は限度内に収まっていると釈明している。その後の調査で、セウォル号は安全が確保される貨物量(987トン)の3倍余りを積載し、さらにそれを隠すために船体を安定させるためのバラスト水を減らしていた。また、セウォル号がこれまで行った合計158回の運航の中で、貨物積載量に収まる範囲だったのは最初の試験運航の1回のみで、残りの157回は全て過積載だった疑いがある。そのうち107回は基準積載量の2倍以上に当たる2000トン以上を船積みしていた。3000トン以上も12回に上る。
- 最終的な発表によると、セウォル号の改造後の推奨貨物量の上限は987トンとされていたが、事故当時にはこの3.6倍となる3608トンが積載されており(車は180台)、この過積載が沈没の原因の1つとされている。事故当日がもっとも超過していたと考えられている。事故当日の虚偽報告では、車両150台、貨物657トンであった。仁川港資料によると、セウォル号は改造後、仁川から済州へ片道394回航行したが、246回が過積載だったとされる。136回が2000トン、13回は3000トンを超過していたとされる。
該当船のセウォルは1994年に日本で建造され、当初、鹿児島県のマルエーフェリーが鹿児島-沖縄航路で「フェリーなみのうえ」(JG検査船舶)として運行していたもの。
長崎県の林兼船渠において1994年6月に竣工し、翌7月の定期点検時に建造時の5,997総トンから6,586総トンに改造、マルエーフェリー時代は5階建てで、船底に最も近い1階部分に貨物甲板、2階に乗用車約200台分の車両甲板、3階にレストランや案内所、売店などがあり、客室は3階より上にあった。
2012年10月1日にマルエーフェリーを引退した後、すでに就航していた「オハマナ」(元大島運輸「フェリーあけぼの(初代)」)の増備用として東京の商社を通じて、韓国の清海鎮海運に数億円で売却された。
その際、最上階部分船体後方に客室を増設したり、船首右舷側の貨物用ランプウェイを取り外すなどの改造が施され、重心が日本時代より高くなり、定員数は804人から921人に、総トン数は6,825トンにそれぞれ増加、車両180台、20フィートコンテナ152個を積載可能な船舶として、清海鎮海運は「韓国最大のクルーズ船」と幅広く宣伝、2013年3月15日より「セウォル」として仁川-済州間週2往復の定期運行を開始、定員を活かして団体旅行にも利用されていた。
この改造は船級協会の規定に合致しており、違法ではないが、船体下部に位置したランプウェイの取り外しや船体上後部への客室の増設などの改造は重心位置が高く後部に移動し、バランスを取るのが難しくなったために転覆した可能性が複数の有識者により指摘されている。
しかし、反対の意見もあり捜査当局はあらゆる可能性も含め捜査するとした。
4月22日に韓国船級協会が客室の増改築の結果、重心が51センチ上がって復原力が大幅に低下したが、積載できる重量の倍以上の貨物を載せていたというセウォルの復原性検査の結果を公開した。
なお、改造を行った全羅南道の会社は、2010年から船舶改装に参入した小規模企業であり、関係者によれば「大型旅客船の改装を行った実績がないとみられる」といい、また韓国船級協会も傾斜度検査などの改造後の十分な検証が行われなかったと指摘されている。
また、李明博政権の2009年に、企業コストを削減するために旅客船の船齢制限を20年から30年に延長するなど、船舶に関する規制緩和が成立しており、これが今回の事故に影響したのではないかと野党新政治民主連合の議員が主張している。