ヤマト政権の大王たちが静かに眠る古墳、その中でも6世紀前半の大王である継体天皇が葬られたとされる大阪の今城塚古墳、日本最初の女帝であり、聖徳太子 が摂政として補佐した推古天皇の陵墓とみられる奈良の植山古墳などから、熊本県宇土地方にしか産しない馬門石(阿蘇ピンク石)で造られた巨大な石棺が見つ かっています。
6~7トンもの重さを量り、大王の遺体を収めるのにふさわしい偉容を誇る巨大な石棺が、遙か800キロメートル離れた大和の地まで、なぜ、どうやって、どのような経路を通って運ばれたのか。

そこで、熊本県宇土市で切り出した馬門石で7トンの石棺を造り、古代船に載せ、有明海から関門海峡を通って瀬戸内海、さらに大阪湾へと運び込む、実験航海を行いました。
こ の実験航海は、九州、中国、関西を中心とする考古学、古代史、海洋史の研究者と地域おこし団体、行政などが中心となって計画を進め、2005年7月24日 に宇土マリーナを出発、有明海、東シナ海、玄界灘、播磨灘、大阪湾を途中22港の寄港地を経て8月26日に無事、大阪南港に到着することができました。
http://www.city.uto.kumamoto.jp/museum/10hitugi/makadoisitowa.html
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