既に常識でしょうが
長らく半島の愚民化政策で韓国民の識字率は低いものでした
しかし運悪く半島を併合するハメになった日本は、韓国人にハングルの教育をしたのです
1924年に日本で6番めの帝国大学を京城(ソウル)に設立。
これは大阪大学(1931年)や名古屋大学(1939年)よりも早い。
半島人は自分達の固有のハングル文字を軽蔑して、中国文字である漢字のみをただひたすら尊重するおかしな国民である。
政府の公文書はもちろん、普通の手紙にも会話の間にも努めて中国文を模倣して使用し、国粋というべき語学上もっとも発達したハングルは婦人と子供と、下層階級が使用するものときめ込んでいる。
「朝鮮とその隣邦」 イザベラ・ビショップ 1897年
ハングルが全国民に教えられるようになったのは、日帝時代になってからのことである。
日韓併合の翌年の1911(明治44)年から、総督府によって朝鮮教育令が施行され、初、中、高等学校で半島人、日本人の生徒の区別なく、ハングルを必修科目とすることに決められた。
もちろん、朝鮮教育令は半島人を、忠良な日本国民に仕立てることを目的としていた。
私が日帝時代に小学校へ通っていた時は、朝鮮語がよくできる日本人教師は、月2円の加俸があった。
当時の1円は今日の日本円の数万円に相当しただろう。
もっとも、昭和10年代に入ってから「皇民化教育」が強められると、日本語が強調されて、ハングルが教えられなくなった。
だがハングルをはじめて韓国民に教えた総督府の功績も、忘れてはならない。
「韓国 堕落の2000年史」 崔基鎬 平成13年 詳伝社
両班時代は特権階級だけが文字を持ち使うことができた・・・と言っても(属国だったため)中国に跡継ぎを差しだし成人してから帰国させ跡目を継がせていたので当然支配階級内で使う言語は中国語で、いわゆる韓国語と言われる文字は存在しなかった。
勿論中世にハングルという文字が創設されていたが、当然のことながら身分のある者の間では蔑視され(中国文化を尊重、朝鮮独自のものは蔑視)使われることはなく、民の間には文字の存在すらなかった。
半島人の間に技術や法を伝える文字が存在しないことに困惑した日本人がハングルの存在を見いだし文法的に整備し改良し、これを朝鮮文字として広く半島人に教育し、初めて彼らは文字による学習を受ける機会を得ました。
福沢諭吉の弟子、井上角五郎が日本でハングルの活字を作り、それを朝鮮半島ソウルに持っていって作った『漢城旬報』(朝鮮半島で一番最初の漢字混じりハングル新聞)が、近代ハングルの始まりです。
もうお分かりですね?
日本語と韓国語の文法が似ているのは、日本の国語学者が文法などを整理して韓国語を言語として完成させたからです。
つまり現在の韓国語は日帝式韓国語なのです。
韓国の皆さんは
「日本の皆さん どうもありがとう」と言いましょう
私はその言葉を素直に受け入れますよ・・・・・・・・・wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww