
▲「三国史記不信論批判」チェ・ジェソク著/2万ウォン
日帝植民史学者らはキム・ブシクの<三国史記>初期記録、すなわち百済の場合、始祖、温祖王から12代契王まで、新羅は始祖、朴赫居世から17代奈勿王以前まで、高句麗は始祖から10代山上王までの記録を全部虚構とし、信じられないと主張した。新羅の場合、23代法興王以前の記録がねつ造という主張まであった。
元老社会学者で韓日古代史研究者のチェ・ジェソク高麗大名誉教授はそれが光復70年が過ぎた今でも韓国主流史学界では‘定説’として通じると話す。<三国史記>初期記録不信論が<日本書紀>の‘神功皇后’新羅・三韓征服説、古代日本の‘任那日本府’経営、百済支配主張を正当化するためと見る。
これらの記録は<三国史記>、特に新羅・百済王の伝記の初期記録と内容上衝突する。従って<日本書紀>が通用するには<三国史記>初期記録が誤りだったことを明らかにしなければならない。これは日帝の韓半島植民支配に対する歴史的正当性主張につながるだけでなく、日本が東アジアの辺境でなく古代からその文化の中心であったと主張する根拠にな る。
チェ教授が見るにはそのような主張こそねつ造か強引な屁理屈だ。彼がこの本を書いたのは三国史記初期記録不信論の誤りを検討・批判するためだ。明治時代に固まった日帝植民史観は近代以後、今に至るまで主に日本というメガネを通じて東アジアを見てきた西側など外部観察者らの東アジア観も深刻に歪ませてきた。
彼は代表的な植民史学者8人を狙う。早稲田大と日帝大陸侵略の先鋒、満州鉄道、朝鮮史編集会を勤めた韓国史学界の泰斗、李丙燾(イ・ビョンド)を教えた津田左右吉(1873~1961)。<三国史記>不信論は彼を始まりに太田亮、今西龍をたどりながら定説に固まり、三品彰英などを経て末松保和に至って韓-日間植民史学カルテルが形成されたという主張だ。
チェ教授は彼らの<三国史記><日本書紀>に対する言説を検討・比較して批判しながら韓国主流史学界の核心人物らも同時に実名批判する。非難でなく相互批判がなされることを。
ハン・スンドン選任記者
ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) 三国史記初期記録ねつ造と?
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/737790.html
14: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/01(金) 21:22:25.19 ID:LSEoYSfd.net
何だこの三国志と史記合体させたようなタイトル
89: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/01(金) 22:27:38.21 ID:GyE0sgX9.net
>>14
高麗の17代王が、半島の人々の恥部をも含め、
全てをさらけ出した名文の正史を編纂しろと命じ、
「高麗が責任を持って世に出す正史」として
1145年に完成したのが「三国史記」
三国とは「高句麗」「百済」「新羅」のこと
使用文字は当然ながら中国語(漢字)
中国の古い資料&日本の古い資料と照らし合わせても
全く無理のない半島における超一級の正史
だが、そうすると、半島は二千年に渡って属国だったことが判明するため、
それどころか倭人が国を起こしたという事実にたどり着くため、
超一級の資料でありながら、存在そのものを無かったことにされている
そして現在の朝鮮人は漢字が読めない
「こう書いてあるニダ」と学者達がやりたい邦題
「日帝の捏造ニダ」も三国史記には必ず付きまとう台詞
16: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/01(金) 21:23:35.53 ID:ruvVJ3bM.net
一行目の途中で読むの止めたが、嘘はやめろ朝鮮人
36: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/01(金) 21:34:39.32 ID:Ke/I5lYA.net
日本書紀って天皇が200歳とか生きてる偽書だろ?
話にならんな
38: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/01(金) 21:36:20.52 ID:Hpikdz5s.net
>>36
勿論最初の方は嘘だが時代が下ると中国文献と一致してくる。
101: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/02(土) 00:31:42.03 ID:gXbSkqRN.net
>>36
記紀の記載については、いろいろと評価のわかれるところだが
第一級の資料であることは間違いない
神武の東征を、そのまま信じるような人はそうはいないでしょうけど
この東征に当たるような何らかの歴史的事実があったのは間違いない
実際、北九州の神器であった銅剣が、時代が下れば、大和朝廷の神器となっているのだ
また、神話の部分にしても、東南アジアなど
海外の神話との共通点も見出されているから
これも何らかの歴史的事実や当時の風俗などが反映されていると考えるのが妥当だ
全部が全部、信じるわけにはいかないが
かなりの部分で研究する価値はある
105: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2016/04/02(土) 01:24:06.88 ID:xow0Tr1u.net
>>36
神武東征での古代河内湾の地形記述が地質調査と一致。
雄略天皇の和風諡号・大泊瀬幼武尊と符号する稲荷山古墳鉄剣と江田船山古墳鉄刀の銘。
崇神天皇の磯城瑞籬宮の可能性がある建物跡が纏向遺跡から出土。
孝安天皇の室秋津島宮と関係性があるかもしれない建物跡が秋津遺跡から出土。
景行天皇の九州巡幸で行宮(かりみや)を設けた土地(福岡県行橋市〔旧京都郡〕)で、古墳時代のヤマト系の
祭祀関連遺構が出土。
これ以外にも記紀の記述を裏付ける発掘などがある。
毎度だが「自分に合わせて史実を改ざんする」
この発想から抜けられない限り永遠に"歴史を持つ国"からバカにされっぱなしということにまーだ気づかないのねw
