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自分メモ(肥ネタ3題

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私たちが「鳥越俊太郎化」しないためのたったひとつの希望


今日も取材なのに一睡もできなかったParsleyです。おはようございます。

夜半についつい『ハフィントン・ポスト』の鳥越俊太郎インタビュー(前・後)について、ざざっと記事を書いてしまったわけなのですが。

「ネットを信頼しない」鳥越俊太郎氏はネットメディアによって「終わる」のか(ふじいりょう)

シロクマ先生のエントリーを読んで、彼の言動に関して我々が教訓というか、反面教師とするにはどうすればいいのか、考えこまざるをえなかった。

すっかり年を取ってすっかり変わってしまった鳥越さんを眺めながら考えていたこと(シロクマの屑籠)

個人的には、「週刊誌編集長」という肩書きを持っているひとのある種の「変わらなさ」というものがあり、鳥越氏なども考え方や思考が変化しているとは思わないので、
シロクマ先生がいうような「衰え」にその理由を求めていいのか、ちょっと留保しないといけないような気がする。

例えば鳥越氏に限らず、花田紀凱氏もこんなことを記事にしている。

『シン・ゴジラ』、ゴジラがあまりにかわいそう。(花田紀凱)

1954年版の初代ゴジラや1984年版のゴジラのように「人類の敵」として描かれたものは原子力、もっといえば水爆や東西冷戦といった世界情勢を下敷きにしていて、
庵野秀明版ゴジラはその正統な後継作品であるということは明らかだし、さまざまな怪獣に対して「人類の味方」として戦うゴジラ像は「娯楽作品」として大衆に求められた結果として生み出されたものだということは、私程度の知識でも語れるわけなのだけど、花田氏にかかっては「最新兵器を駆使して、寄ってたかってゴジラを殺すだけの映画」と記しちゃうわけだ。

ただ、彼の場合は感性の劣化ではなく、いつの時代に作られたとしても「逆張り」をしたと思う。

話が逸れた。結局のところ鳥越氏や花田氏のように紙媒体やテレビで生きてきた人たちは「君子豹変する」というところがあって、
書いたことが「ログ」として残って考え方が変わった時に即座にツッコミが入るインターネット時代の言論人ではない、ということだろう。

私が鳥越氏と『オーマイニュース』のことを記事にした(参照)のは、当時このブログで『オーマイニュース』について継続してウォッチしてきた身として、
それを指摘することが一貫性につながると考えたからだし、URLがある限りは参照されるから。

まぁ、あの頃に書き散らしたことで、今スルーするのはちょっと違うだろうと思ったわけだ。

このブログを続けている間、一時期に私も心身を害していて、若干荒れた内容のエントリーを出すこともあった。
けれど、そういった「よくない時期」に自分を支えたのもこのブログだったし、過去に書いたエントリーだった。

もちろん、シロクマ先生のおっしゃるところの「思考力や判断力や羞恥心の衰えた言動」と気力・体力はリンクするだろうし、そのリスクは誰にだってある。
とはいえ、過去に「書いて残した」ものがパブリックに読める状態である限り、方々から指摘されるだろうし、それが「自律」につながるんじゃないかなぁ。少なくとも彼らよりも。

より「自律」を意識するならば、定期的に過去に書いた自分の記事を読むこと。
それによって「鳥越俊太郎化」が避けられるのではないか。私としては自分の「ログ」があるということに望みをつなげたいし、
仮に事故った時には即座に訂正するなり謝るなり、他者の忠告を素直に聞くなりするだけのフックになるのでは、と思っている。

だから、自分の書いたものが公開されて残っているという状態は「希望」そのものだと考えている。それが「ネットを信頼している」世代にとっての、あるべき態度だと信じる次第です。  


鳥越さんの「僕は知らない」は、ネットでは全く通用しない

朝日新聞社系のハフポストで鳥越俊太郎氏のインタビュー記事が掲載されています。

「ペンの力って今、ダメじゃん。だから選挙で訴えた」鳥越俊太郎氏、惨敗の都知事選を振り返る【独占インタビュー】

http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/10/shuntaro-torigoe_n_11422752.html


「ジャーナリスト」鳥越俊太郎氏のその人となりが余すことなく露出しており、悲しくも秀逸なインタビューとなっておりますが、

それにしても全編を通じて氏の主張は「僕は知らなかった」という無責任な言い訳と、氏の「ネット」に対する憎悪にも近い偏見であります。


それが端的に現れている箇所を当該記事より抜粋。


――選挙後にご自身のサイトから都知事選の記述を消されていますね?

それは知らない。僕は全くノータッチだから。なくなったの?知らない。見たこともないし。
あなたたち(ハフポスト日本版)には悪いんだけれど、ネットにそんなに信頼を置いていない。
しょせん裏社会だと思っている。メールは見ますけれど、いろんなネットは見ません。


ネットは「裏社会」と言い切る鳥越氏であります、今回の自身の敗因を論理的に振り返ることもなく、

自身の無能ぶりは完全に無視して全ては他者責任に押しつける「ジャーナリスト」鳥越俊太郎氏なのであります。


ネットの一部には、今回の鳥越氏の都知事選出馬・惨敗をもって、「彼は年老いてしまった」「晩節を汚してしまった」との同情論にも似た論説も見受けられますが、私はそうは思っていません。


もともと彼はメディアを媒介とした情報発信者としては、このレベルの極めて不誠実で非論理的で無能な人物であったのであり、今回の都知事選は単にそれが、広く知れ渡ったに過ぎません。


その意味で


今回の都議選での最大の効用は、既存メディア及びそこに巣食ってきた「ジャーナリスト」なる怪しげな職業の、

そのメッキが鳥越氏の無能さを通じて、広く一般大衆に理解されたことでしょう。


この「ジャーナリスト」の言い訳じみたインタビューが朝日新聞社系のハフポストに掲載されているのも興味深いですが、今回はこの問題でお付き合いください。


 ・・・


さて少しメディア論をさせてください。

このSNSが普及した時代。情報発信はメディア・ジャーナリストの独占物ではなくなりつつあります。

考えてみれば一般大衆に情報発信する「ジャーナリスト」など、教員や医師のように免許がいるわけでもなく、何の資格も必要としない職業なのであり、本来社会の誰でも情報発信可能なものである性質だったのが、

新聞・ラジオ・TVと既存のマスメディアは、放送電波の免許や独禁法例外の新聞再販制度などで、幾重にも法により守られた選ばれた「特権階級」として情報発信を独占してきただけです。


旧来のメディアは限られた情報発信手段を独占し、新聞は「大衆」に情報を一方的に発行、TV・ラジオは「大衆」に情報を一方的に放送、情報は「特権階級」であるメディア・「ジャーナリスト」から一般大衆に一方通行に発信されるものでありました。


彼らが情報発信の特別の能力を有しているわけでもなく単に法により守られた存在であり、自由競争ではなく独占的に発信手段を有しているだけの存在であったために、

自分たちの利権を守るために日本では100以上の記者クラブが現存し、今現在も情報源の独占を何とか守ろうとあがいているのは、むしろ滑稽ですらあります。


記者クラブ制度などマスメディアが「特権階級」であったころの残滓にすぎません。


さて、ネットの普及により情報の流れは革命的な変化をいたしました。


今日のネットの技術革新は、ネット上の情報発信を完全にインタラクティブな双方向性、すなわちネット参加者のすべての人に情報発信能力を与えたのです。

ネットメディアでは、情報発信者が起こした記事は、コメント欄やツイッターなどのSNS、ブックマーク、トラックバック、あらゆる手段で読者の意見がぶつけられていきます。

アマゾンの商品レビューしかり、ネットメディアの記事ページしかり、ネット情報は完全に双方向性を有しており、リアルタイムに会話的に情報のキャッチボールが可能となった初めての媒体、

それがネットなのです。


ネットでは情報発信はマスメディアの独占物ではなくなった、唯一の情報発信者としての「特権階級」だったマスメディア・「ジャーナリスト」のその独占的「利権」が、

インターネットにより今崩れ去ろうとしているわけです。


新聞などのマスメディアや「ジャーナリスト」がインターネットおよびそのユーザーに徹頭徹尾批判的であるのは、フランス革命時の貴族階級の大衆に対する反応とほぼ同値なのであり、

自分たちが能力的に優れているから独占的に情報発信していたわけではなく単に法律に守られていただけの「裸の大様」であったことを、彼ら自身実は痛感している証左でもあります。


今回の鳥越氏の浅はかなネット批判に代表されますが、彼ら既存のマスメディアや「ジャーナリスト」はネットのメディアとしての特性を真に理解できていません。


放送や新聞発行といった一方通行の情報伝達手段にすっかり慣れているために、ネットでは情報が双方向で飛び交うことに戸惑ってばかりいます、

ときにネットの匿名性や情報精度の玉石混淆なことを批判的に取り上げることはあっても、媒体としてのネットの優れた特性を正しく理解はできていません。


数年前、「ヤフー知恵袋」が大学入試のカンニングに利用され大きな騒動となりましたが、大新聞はこぞって社説でネット批判を展開いたしました、

「だからネットは信用できない」、「ネットユーザーのモラルの低下」うんぬん、勇ましく社説で語られていましたが、

「ヤフー知恵袋」の事件が示していたのは、だからネットはだめなんだということではまったくなく、実は本質は真逆であり、


ネットが情報発信の双方向性を持つ優れた媒体であるからこそ「ヤフー知恵袋」のようなリアルタイムサービスが実現しているのであり、優れた媒体であるからこそカンニングに悪用されたのであります。


誰かが疑問に思うことを発信し、その情報の不特定多数の受信者が「解決策」を提案する、リアルタイムなこのようなサービスは、既存の放送や新聞では逆立ちしても真似はできないのですが、

新聞の社説ではそのようなネットのメディアとしての特性に対する言及は皆無であり、ただ表層的なネットおよびユーザー批判にとどまっていました。


・・・


選ばれた「特権階級」であるマスメディアが情報発信を独占していた時代に戻ることはもはや不可能でしょう。

好例は、朝日新聞従軍慰安婦捏造報道問題であります。


朝日新聞の従軍慰安婦に関する捏造報道はネット上では、何年も前からほぼ完全にトレース・検証されてきました。

私たちは新聞・TVなどの既存メディアは一方的に情報を垂れ流すだけのメディアであることに気づいてしまいました。

かつて、マスメディアからの情報は受信するのみ許され、私たちが反論を発信する手段はありませんでした。


一方、ネットでは私たち自身が情報発信が可能である、参加者になれます。

この決定的な媒体としての特性の違いをマスメディアや既存ジャーナリストは理解していません。


彼らマスメディアや「ジャーナリスト」は、少なくともネット上では、もはや情報発信を独占する「特権階級」ではないのです。


今まで新聞紙面やテレビ放送など過保護に守られてきた媒体から上から目線で論説することに慣れていた彼らは、

そして一切の反論を受けてこなかった一方的特権的情報提供者として振舞ってきた彼らは、

今日のネットからの強烈な反証や批判にさらされ、自身のメッキが無残にも剥がされていくことに、なすすべを持ちません。


彼らの口から出るのは非論理的な呪詛だけです、「ネットなどしょせん裏社会だ」と。


双方向の情報発信が可能なネットにおいては、マスメディアも「ジャーナリスト」も、一参加者に過ぎないことを強く自覚すべきです。


上から目線で言いたいことだけ言って反論は無視するような、その悪しき「体質」は、ネット上では全く通用しない、もはや貴方がたに「特権」はないことを強く自覚すべきです。


鳥越さんの「僕は知らない」は、ネットでは全く通用しないのです。



鳥越俊太郎さんの駄目さ具合から私たちが学ぶべきこと


あまりにもどうしようもない晩節の汚し方を教えてくれた鳥越俊太郎さん。

最初の告示時点の調査で、幅広く都民の支持を集めてトップ目から、さらし続ける醜態でどんとん沈没。
結果として競り合いもせず主要三候補のなかで堂々のビリに。酷いもんでした。

一番最初に「見に来ませんか」と民進党の方に言われて鳥越さんの街頭を見にいったとき、彼は自分一人で街宣車の屋根まで梯子を上がることができず、スタッフに介助されていました。
もうこの時点で、駄目なんじゃないのかな、と思ったわけですよ。

もちろん、頭さえはっきりしていればたとえ体が動かなくても政治はできる、
石原慎太郎さんだって週数日の登庁で都政が回っていたじゃないかという話をする人はいたんですが(主に新聞社方面)、残念なことに、頭もはっきりしていませんでした。

「増田寛也敗戦」で自民党都連は何を反省し、どう立ち直るか
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20160812-00061060/
板橋区議 自由民主党 坂本あずまお
http://www.azumao.com/

自民党の顛末については、幾つかインタビューを仕込んでいまして、最初に坂本東生(あずまお)さんの記事をヤフーニュース個人で出しました。
私は内田茂さんとは親しくもなんともないけど、利権を貪るドンという印象や、都議会が伏魔殿と喧伝されている内容は、半分以上は作り上げられたもので、叩きやすいところを叩く構造であると思ってます。

だからこそ、本当に変えなければならないところが温存される危険性もあるわけで、そこはもう少し取り上げる側も「面白いところだけやる」のではだめじゃないかと自分を棚に上げて思うわけです。

しかるに、鳥越俊太郎さんの話は衝撃的でした。当然、あれを支える側も「こんなはずじゃなかった」ということだと思いますが、週刊誌スキャンダルが出る前から候補者としての素養に疑問符がついて以降、
一度も上向くことなく、最後は共産党支持者や主力だった50代、60代女性からの支持も失って惨敗したのが鳥越さんです。

「ペンの力って今、ダメじゃん。だから選挙で訴えた」鳥越俊太郎氏、惨敗の都知事選を振り返る【独占インタビュー】
http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/10/shuntaro-torigoe_n_11422752.html

鳥越俊太郎「ネットはしょせん裏社会」。なるほど落選するわけですね。
http://nakatsuma.jp/2016/08/3176/

そして、全く反省していない、どころか、社会が悪い、ジャーナリズムが悪い、リベラルが負けているという。
これが、ジャーナリストとしての実績を買われて、野党統一候補として出馬した人間の言うことなのかなと思うんですよ。
この辺はもう、中妻じょうたさんも幻滅されたような記事を書いておられますし、私が加えてあれこれ申し上げるものもないのですが。

そこから見ている私たちが学ぶべきことは、鳥越さんに対する論評をしっかりと重ねたうえで、老人になってもそういう人間にならないようにしよう、という戒めなんだろうと感じます。

すっかり年を取ってすっかり変わってしまった鳥越さんを眺めながら考えていたこと
http://blogos.com/article/186772/

私たちが「鳥越俊太郎化」しないためのたったひとつの希望
http://blogos.com/article/186869/


ある意味で、自分に対する批判や弱点の指摘は、反応するしないは別として受け止めておいて、環境に応じて自分を作り替えていくしか方法はないんだろうと思うのですが、
やっぱり高齢になり、社会からの反応を直接受け取らなくても大御所として仕事ができてしまうポジションにくると人はこういう腐り方をしていくものなのでしょうか。

その部分を見るだけでも、いまの民主主義に自由な言論空間としてのネット社会が相応に機能していてよかった、と思ったわけであります。
どんな意見であろうが、賛同されるされないは別として表明するところまでは自由ですからね。

ネットの世界でいうならば、結婚や就職転職出産など、人生の節目や、ブログやSNS、有力配信先へのリーチといった技術や環境の移り変わりに乗れずに、
アウトプットの質や量を落とし消えていく人はたくさんいます。

パソコン通信のころから28年、ネット界隈でやらせてもらってきて思うことは、結局自分が思っているほど、他人は自分のことなど考えているわけもないので、
環境にあわせて自分を作り替えていかないと沈んで死んでいくだけだということです。

その点で、新聞紙や週刊誌はネットほど「誰が書いたのか」や「何が書かれたのか」を検証されずに、また致命的なものがあっても組織に守られたりしてどうにかなってしまったので、
その行動様式でポーンとネット社会でやろうとしたり、政治家になろうとすると自滅していくものなのだ、というのはほうぼうで指摘されているとおりです。

そうなると、自分を腐らせず、弛まずに進んでいくには競争環境に自らを置き、誰よりもうまく変化していくしかないのだろうという結論になり、
それを20年、30年と今後も続けていくのだろうか、それって現世は修羅なんじゃね、と思うわけですけどそれもまあいいか。



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자신 메모(거름 재료 3제목


우리가「토리고에 šœ타로우화」하지 않기 위한 단 하나의 희망


오늘도 취재인데 한 잠도 할 수 없었던 Parsley입니다.안녕하세요.

야밤중에 그만『하 핀 톤・포스트』의 토리고에 šœ타로우 인터뷰(전・후)에 대해서, 자리 대충 기사를 써 버린 것입니다만.

「넷을 신뢰하지 않는」토리고에 šœ타로우씨는 넷 미디어에 의해서「끝나는」의 것인지(후지이 료)

백곰 선생님의 엔트리를 읽고, 그의 언동에 관해서 우리가 교훈이라고 하는지, 반면 교사로 하려면 어떻게 하면 좋은 것인지, 골똘히 생각하지 않을 수 없었다.

완전히 나이를 먹어 완전히 바뀌어 버린 토리고에씨를 바라보면서 생각하고 있던 것(백곰의 설롱)

개인적으로는, 「주간지 편집장」라고 하는 직함을 가지고 있는 사람이 있는 종의「변하지 않음」라는 것이 있어, 토리고에씨등도 생각이나 사고가 변화하고 있다고는 생각하지 않기 때문에,
백곰 선생님이 말하는「쇠약」에 그 이유를 요구해도 좋은 것인지, 조금 유보하지 않으면 안 된다 같은 생각이 든다.

예를 들면 토리고에씨에게 한정하지 않고, 하나다기개씨도 이런 일을 기사로 하고 있다.

『신・고질라』, 고질라가 너무나 귀여울 것 같다.(하나다기개)

1954년판의 초대 고질라나 1984년판의 고질라와 같이「인류의 적」로서 그려진 것은 원자력, 더 말하면 수폭이나 동서냉전이라고 하는 세계 정세를 본보기로 하고 있고,
암야히데아키판 고질라는 그 정통인 후계 작품인 것은 분명하고, 다양한 괴수에 대해서「인류의 아군」로서 싸우는 고질라상은「오락 작품」로서 대중에게 요구된 결과적으로 만들어진 것이라고 하는 것은, 나정도의 지식에서도 말할 수 있는 것이다하지만, 하나다씨에게 걸려「최신 병기를 구사하고, 모이고 있었던 사고 고질라를 죽일 만한 영화」라고 적어버리는 (뜻)이유다.

단지, 그의 경우는 감성의 열화가 아니고, 어느시대에 만들어졌다고 해도「역의욕」를 했다고 생각한다.

이야기가 빗나갔다.결국 토리고에씨나 하나다씨와 같이 종이 매체나 텔레비전으로 살아 온 사람들은「군자 표변하는」라고 하는 곳(중)이 있고,
썼던 것이「로그」로서 남고 생각이 바뀌었을 때에 즉석에서 특코미가 들어가는 인터넷 시대의 언론인은 아니다고, 할 것이다.

나거위월씨와『오 마이 뉴스』를 기사로 했다(참조)의는, 당시 이 브로그로『오 마이 뉴스』에 임해서 계속해 워치 해 온 몸으로서
그것을 지적하는 것이 일관성으로 연결된다고 생각했기 때문이고, URL가 있다 한계는 참조되기 때문에.

아무튼, 그 무렵에 마구 쓴 것으로, 지금 스르 하는 것은 조금 다를 것이라고 생각한 것이다.

이 브로그를 계속하고 있는 동안, 한시기에 나도 심신을 해치고 있고, 약간 거칠어진 내용의 엔트리를 내기도 했다.
하지만, 그렇게 말한「좋지 않은 시기」에 자신을 지지했던 것도 이 브로그였고, 과거에 쓴 엔트리였다.

물론, 백곰 선생님이 말씀하시는 곳(중)의「사고력이나 판단력이나 수치심이 쇠약해진 언동」와 기력・체력은 링크할 것이고, 그 리스크는 누구에게래 있다.
그렇다고는 해도, 과거에「써 남긴」 것이 공공적으로 읽을 수 있는 상태인 한, 분들로부터 지적될 것이고, 그것이「자율」로 연결되지 않을까.적어도 그들보다.

보다 「자율」를 의식한다면, 정기적으로 과거에 쓴 자신의 기사를 읽는 것.
거기에 따라「토리고에 šœ타로우화」가 피할 수 것은 아닌가.나로서는 자신의「로그」가 있다라고 하는 것에 소망을 연결하고 싶고,
만일 사고시에는 즉석에서 정정하든지 사과하든지, 다른 사람의 충고를 솔직하게 (듣)묻거나 할 만한 훅이 되는 것은, 이라고 생각한다.

그러니까, 자신이 쓴 것이 공개되어 남아 있다고 하는 상태는「희망」그것이라고 생각하고 있다.그것이「넷을 신뢰하고 있는」세대에 있어서의, 어느A 태도라고 믿을 따름입니다.  


토리고에씨의「나는 모르는」는, 넷에서는 전혀 통용되지 않는

아사히 신문사계열의 하후포스트로 토리고에 šœ타로우씨의 인터뷰 기사가 게재되고 있습니다.

「펜의 힘은 지금, 안되잖아.그러니까 선거로 호소한」토리고에 šœ타로우씨, 참패의 토쿄지사선을 되돌아 보는【독점 인터뷰 】

http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/10/shuntaro-torigoe_n_11422752.html


「져널리스트」토리고에 šœ타로우씨의 그 사람 옆이 남기는 일 없이 노출하고 있어, 슬프지도 뛰어난 인터뷰가 되고 있습니다만,

그렇다 치더라도 전편을 통해서 씨의 주장은「나는 몰랐다」라고 하는 무책임한 변명과 씨의「넷」에 대한 증오에도 가까운 편견입니다.


그것이 단적으로 나타나고 있는 개소를 해당 기사보다 발췌.


――선거 후에 자신의 사이트로부터 토쿄지사선의 기술을 지워지고 있군요?

그것은 모른다.나는 완전히 노 터치이니까.없어졌어?모른다.본 적도 없고.
당신들(하후포스트 일본판)에게는 나쁘지만, 넷에 그렇게 신뢰를 두지 않았다.
어차피뒤사회라고 생각한다.메일은 봅니다 하지만, 여러가지 넷은 보지 않습니다.


넷은「뒤사회」라고 단언하는 토리고에씨입니다, 이번 자신의 패인을 논리적으로 되돌아 볼 것도 없고,

자신의 무능상은 완전하게 무시해 모두는 다른 사람 책임에 억누르는「져널리스트」토리고에 šœ타로우씨인 것입니다.


넷의 일부에는, 이번 토리고에씨의 토쿄지사 선출마・참패를 가지고, 「그는 연로해 버린」「만절을 더럽혀 버린」와의 동정론에도 닮은 논설도 보여집니다만, 나는 그렇게는 생각하지 않습니다.


원래 그는미디어를 매개로 한 정보 발신자로서는, 이 레벨의 지극히 불성실하고 비논리적으로 무능한 인물인 것이어, 이번 토쿄지사선은 단지 그것이, 넓게 널리 알려지는 것에 지나지 않습니다.


그 의미로


이번 도의원 선거에서의 최대의 효용은, 기존 미디어 및 거기에 깃들여 온「져널리스트」되는 수상한 직업의,

그 도금 거위월씨의 무능함을 통해서, 넓고 일반 대중에게 이해된 것이지요.


이「져널리스트」의 변명 같아 보인 인터뷰가 아사히 신문사계열의 하후포스트에 게재되고 있는 것도 흥미롭습니다만, 이번은 이 문제로 교제해 주세요.


 ・・・


그런데 조금 미디어론을 시켜 주세요.

이 SNS가 보급했던 시대.정보 발신은 미디어・져널리스트의 독점물은 아니게 되고 있습니다.

생각해 보면 일반 대중에게 정보 발신하는「져널리스트」 등, 교원이나 의사와 같이 면허가 있는 것도 아니고, 어떤 자격도 필요로 하지 않는 직업인 것이어, 본래 사회의 누구라도 정보 발신 가능한 것인 성질이었던 것이,

신문・라디오・TV와 기존의 매스 미디어는, 방송 전파의 면허나 독금법 예외의 신문 재판 제도등에서, 겹겹이 법에 의해 지켜진 선택된「특권계급」로서 정보 발신을 독점해 왔을 뿐입니다.


구래의 미디어는 한정된 정보 발신 수단을 독점해, 신문은「대중」에 정보를 일방적으로 발행, TV・라디오는「대중」에 정보를 일방적으로 방송, 정보는「특권계급」인 미디어・「져널리스트」로부터 일반 대중에게 일방통행으로 발신되는 것이었습니다.


그들이 정보 발신의 특별한 능력을 가지고 있는 것도 아니고 단지 법에 의해 지켜진 존재이며, 자유 경쟁은 아니고 독진`벽I에 발신 수단을 가지고 있을 만한 존재였기 때문에,

스스로의 이권을 지키기 위해서 일본에서는 100이상의 기자 클럽이 현존 해, 지금 현재도 정보원의 독점을 어떻게든 지키려고 긴장해라고 있는 것은, 오히려 우스꽝스럽습니다들 있어요.


기자 클럽 제도 등 매스 미디어가「특권계급」에서 만났을 무렵의 잔재에 지나지 않습니다.


그런데, 넷의 보급에 의해 정보의 흐름은 혁명적인 변화를 했습니다.


오늘의 넷의 기술 혁신은, 넷상의 정보 발신을 완전하게 인터랙티브인 쌍방향성, 즉 넷 참가자의 모든 사람에게 정보 발신 능력을 주었습니다.

넷 미디어에서는, 정보 발신자가 일으킨 기사는, 코멘트란이나 트잇타등의 SNS, 북마크, 트럭 백, 모든 수단으로 독자의 의견을 부딪칠 수 있어서 갑니다.

아마존의 상품 리뷰 꾸짖어, 넷 미디어의 기사 페이지 꾸짖어, 넷 정보는 완전하게 쌍방향성을 가지고 있어 리얼타임에 회화적으로 정보의 캐치 볼이 가능해진 첫 매체,

그것이 넷입니다.


넷에서는 정보 발신은 매스 미디어의 독점물은 아니고?`치, 유일한 정보 발신자로서의「특권계급」였던 매스 미디어・「져널리스트」의 그 독점적「이권」가,

인터넷에 의해 지금 무너져 떠나려 하고 있는 것입니다.


신문등의 매스 미디어나「져널리스트」가 인터넷 및 그 유저에게 철두철미 비판적인 것은, 프랑스 혁명시의 귀족계급의 대중에 대한 반응과 거의 동치인 것이어,

스스로가 능력적으로 우수하기 때문에 독점적으로 정보 발신하고 있던 것은 아니고 단지 법률에 지켜져 받을 수 있어의「알몸의 대 님」에서 만난 것을, 그들 자신 실은 통감하고 있는 증거이기도 합니다.


이번 토리고에씨의 경박한 넷 비판으로 대표됩니다만, 그들 기존의 매스 미디어나「져널리스트」는 넷의 미디어로서의 특성을 실로 이해 되어 있지 않습니다.


방송이나 신문 발행이라고 하는 일방통행의 정보 전달 수단에 완전히 익숙해져 있기 위해서, 넷에서는 정보가 쌍방향으로 난무하는 것에 당황하고만 있습니다,

때에 넷의 익명성이나 정보 정도의 옥석혼요인 일을 비판적으로 채택하는 것은 있어도, 매체로서의 넷이 뛰어난 특성을 올바르게 이해는 되어 있지 않습니다.


몇년전, 「야후 지혜봉투」가 대학 입시의 컨닝에 이용되어 큰 소동이 되었습니다만, 오신문은 빠짐없이 사설로 넷 비판을 전개했습니다,

「이니까 넷은 신용할 수 없는」, 「넷 유저의 모랄의 저하」운운, 용감하게 사설로 말해지고 있었습니다만,

̀ c;야후 지혜봉투」의 사건이 나타내 보이고 있던 것은, 그러니까 넷은 안돼라고 하는 것은 전혀 없고, 실은 본질은 설마여,


넷이 정보 발신의 쌍방향성을 가지는 뛰어난 매체이기 때문에「야후 지혜봉투」와 같은 리얼타임 서비스가 실현되고 있는 것이어, 뛰어난 매체이기 때문에 컨닝에 악용 된 것입니다.


누군가가 의문으로 생각하는 것을 발신해, 그 정보의 불특정 다수의 수신자가「해결책」를 제안하는, 리얼 타임의 이러한 서비스는, 기존의 방송이나 신문에서는 거꾸로 서도 흉내는 할 수 없습니다만,

신문의 사설에서는 그러한 넷의 미디어로서의 특성에 대한 언급은 전무이며, 단지 표층적인 넷 및 유저 비판에 머무르고 있었습니다.


・・・


선택된「특권계급」인 매스 미디어가 정보 발신을 독점하고 있었던 시대에 돌아오는 것은 이미 불가능하겠지요.

좋은 예는, 아사히 신문 종군위안부 날조 보도 문제입니다.


아사히 신문의 종군위안부에 관한 날조 보도는 넷상에서는, 몇 년도 전부터 거의 완전하게 트레이스・검증되어 왔습니다.

우리는 신문・TV등의 기존 미디어는 일방적으로 정보를 흘려 보낼 만한 미디어인 것에 눈치채 버렸습니다.

일찌기, 매스 미디어로부터의 정보는 수신할 뿐 용서되어 우리가 반론을 발신하는 수단은 없었습니다.


한편, 넷에서는 우리 자신이 정보 발신이 가능하다, 참가자가 될 수 있습니다.

이 결정적인 매체로서의 특성의 차이를 매스 미디어나 기존 져널리스트는 이해하고 있지 않습니다.


그들 매스 미디어나「져널리스트」는, 적어도 넷상에서는, 이미 정보 발신을 독점하는「특권계급」는 아닙니다.


지금까지 신문지면이나 텔레비전 방송 등 과보호에 지켜져 온 매체로부터 위로부터 시선으로 논설하는 것에 익숙해져 있던 그들은,

그리고 일절의 반론을 받아 오지 않았던 일방적 특권적 정보 제공자로서 행동해 온 그들은,

오늘의 넷으로부터의 강렬한 반증이나 비판에 노출되어 자신의 도금이 끔찍하게도 벗겨져 가는 것에, 어찌할 바를 가지지 않습니다.


그들의 입으로부터 나오는 것은 비논리적인 주저 뿐입니다, 「넷 등 어차피뒤사회다」와.


쌍방향의 정보 발신이 가능한 넷에 있어서는, 매스 미디어도「져널리스트」도, 1 참가자에 지나지 않는 것을 강하게 자각해야 합니다.


위로부터 시선으로 말하고 싶은 것만 해 반론은 무시하는, 그 나쁜「체질」는, 넷상에서는 전혀 통용되지 않는, 이미 당신들에게「특권」는 없는 것을 강하게 자각해야 합니다.


토리고에씨의「나는 모르는」는, 넷에서는 전혀 통용되지 않습니다.



토리고에 šœ타로우씨의 안됨 상태로부터 우리가 배워야 할 일


너무 어쩔 수 없는 만절의 더럽히는 방법을 가르쳐 준 토리고에 šœ타로우씨.

최초의 고시 시점의 조사에서, 폭넓게 도민의 지지를 모아 톱눈으로부터, 계속 쬐는 추태로 쿵 응침몰.
결과적으로 경쟁도 하지 않고 주요3 후보 속에서 당당한 비리에.심한 걸이었습니다.

제일 최초로「보러 오지 않습니까」와 백성 진당(분)편에 말해져 토리고에씨의 가두를 보러 &을 때, 그는 자신 혼자서 길에서 선전하며 다니는 차량의 지붕까지 사다리를 오르지 못하고, 스탭에게 시중 되고 있었습니다.
이제(벌써) 이 시점에서, 안된 것이 아닌 것인지, 라고 생각한 것이에요.

물론, 머리만 뚜렷하면 비록 몸이 움직이지 않아도 정치는 할 수 있는,
이시하라 신타로씨도 주몇일의 등청으로 동경도의 행정이 돌고 있었지 않을것인가 라고 하는 이야기를 하는 사람은 있었습니다만(주로 신문사 방면), 유감스럽게, 머리도 뚜렷하지 않았습니다.

「마스다 히로시야패전」로 자민당도련은 무엇을 반성해, 어떻게 회복할까
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20160812-00061060/
이타바시구의 자유민주당 사카모토 아즈마
http://www.azumao.com/

자민당의 전말에 대해서는, 몇이나 인터뷰를 가르치고 있어서, 최초로 사카모토 토세이(아즈마)씨의 기사를 야후 뉴스 개인으로 냈습니다.
나는 우치다 시게루씨와는 친하지도 정말 없지만, 이권을 탐내는 돈이라고 하는 인상이나, 도의회가 복마전과 훤전되고 있는 내용은, 반이상은 만들어낼 수 있던 것으로, 두드리기 쉬운 곳을 두드리는 구조이다고 생각하고 있습니다.

그러니까, 정말로 바꾸지 않으면 안 되는 곳이 온존 되는 위험성도 있는 것으로, 거기는 좀 더 다루는 측도「재미있는 곳만 하는」의에서는 안되지 않을까 자신을 제쳐놓고 생각하는 것입니다.

그런데, 토리고에 šœ타로우씨의 이야기는 충격적이었습니다.당연, 저것을 지지하는 측도「이런은 두가 아니었다」라고 하는 것이라고 생각합니다만, 주간지 스캔들이 나오기 전부터 후보자로서의 소양에 물음표가 붙는 이후,
한번도 향상되는 일 없이, 최후는 공산당 지지자나 주력이었던 50대, 60대 여성으로부터의 지지도 잃어 참패한 것이 토리고에씨입니다.

「펜의 힘은 지금, 안되잖아.그러니까 선거로 호소한」토리고에 šœ타로우씨, 참패의 토쿄지사선을 되돌아 보는【독점 인터뷰 】
http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/10/shuntaro-torigoe_n_11422752.html

토리고에 šœ타로우「넷은 어차피뒤사회 」.그렇구나 낙선하는 것이군요.
http://nakatsuma.jp/2016/08/3176/

그리고, 전혀 반성하고 있지 않는, 은 커녕, 사회가 나쁜, 저널리즘이 나쁜, 리버럴이 지고 있다고 한다.
이것이, 져널리스트로서의 실적을 팔리고, 야당 통일 후보로서 출마한 인간이 말하는 것인가라고 생각합니다.
이 근처는 이제(벌써), 나카츠마 서문 노래씨도 환멸 된 것 같은 기사를 쓰고 계시고, 내가 가세해 이것저것 말씀드리는 것도 없습니다만.

거기에서 보고 있는 우리가 배워야 할 (일)것은, 토리고에씨에 대한 논평을 제대로 거듭한 데다가, 노인이 되어도 그러한 인간이 되지 않게 하자, 라고 하는 훈계겠지라고 느낍니다.

완전히 나이를 먹어 완전히 바뀌어 버린 토리고에씨를 바라보면서 생각하고 있던 것
http://blogos.com/article/186772/

우리가「토리고에 šœ타로우화」하지 않기 위한 단 하나의 희망
http://blogos.com/article/186869/


어떤 의미로 자신에 대한 비판이나 약점의 지적은, 반응하고 않는은 별도로 받아 들여 두고, 환경에 따르고 자신을 다시 만들어 갈 수 밖에 방법은 없겠지라고 생각합니다만,
역시 고령이 되어, 사회로부터의 반응을 직접 받지 않아도 중진으로서 일이 가능하게 되는 포지션에 오면 사람은 이런 썩는 방법을 해 나가는 것일까요.

그 부분을 보는 것만으로도, 지금의 민주주의에 자유로운 언론 공간으로서의 넷 사회가 상응하게 기능하고 있어서 좋았다고, 라고 생각한 것입니다.
어떤 의견이든지, 찬동되지 않는은 별도로 표명하는 곳(중)까지는 자유롭기 때문에.

넷의 세계에서 말한다면, 결혼이나 취직 전직 출산 등, 인생의 고비나, 브로그나 SNS, 유력 전달처에의 리치라고 하는 기술이나 환경의 변천을 타지 못하고 ,
아웃풋의 질이나 양을 떨어뜨려 사라져 가는 사람은 많이 있습니다.

PC 통신의 무렵부터 28년, 넷 근처로 시켜 주어 오고 생각하는 것은, 결국 자신이 생각하는 만큼, 타인은 자신등 생각하고 있는 것도 없기 때문에,
환경에 맞추고 자신을 다시 만들어 가지 않는다고 가라앉아 죽어 갈 뿐이라면 말하는 것입니다.

그 점에서, 신문지나 주간지는 넷만큼「누가 썼는지」나「무엇이 쓰여졌는지」를 검증되지 않고 , 또 치명적인 것이 있어도 조직에 지켜지거나 해 어떻게든 되어 버렸으므로,
그 행동 님 식에서 폰과 넷 사회에서 하려고 하거나 정치가가 되려고 하면 자멸해 나가는 것이다, 라고 말하는 것은 팔짱 지적되고 있는 대로입니다.

그렇게 되면, 자신을 썩이지 못하고, 꾸준히에 나가려면 경쟁 환경에 스스로를 두어, 누구보다 잘 변화해 나갈 수 밖에 없겠지라고 하는 결론이 되어,
그것을 20년, 30년과 향후도 계속해 가는 것일까, 그 거 현세는 수라면, 라고 생각하는 것이지만 그것도 뭐 좋은가.



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