<韓日合意・無効を叫んだ少女像守護・金セム、1年6ヶ月求刑・嘆願書>
・被嘆願人
- 声明 : 金セム
- 事件 : 暴力行為など処罰に関する法律違反(共同住居侵入)
尊敬する裁判長様、私は2015韓日合意当時、駐大韓民国日本大使館(以下、日本大使館)に抗議デモをした被告人・金セムです。 私は淑明女子大学校に在学中の大学生です。 私は日本軍「慰安婦」問題解決のための大学生サークル・平和の蝶ネットワークで活動しています。 また、去る3年間、毎週水曜日に日本大使館前の水曜デモに参加して、被害おばあさんたちと共にしました。
2015年12月28日、韓日日本軍「慰安婦」合意が発表されました。 韓日合意は、日本軍「慰安婦」問題の解決のための合意、と言ってはいたものの、実は、被害者のいかなる要求を盛り込めなかった拙速的な合意でした。 日本政府の公式謝罪や法的賠償を受けるどころか、慰労金10億円などで問題の「終決」を宣言しました。 さらに、日本大使館前の少女像に対する移転の措置を約束しました。 26年間、勇気を出して一日一日闘ってきた被害者に、再び大きな傷を与えました。
あまりにも突然な合意の発表に、たとえ3年ではあるものの、今まで闘って来た時間が瞬時に崩れるようで絶望しました。 合意発表の翌日、日本軍「慰安婦」被害者の李ヨンスおばあさんにお会いしました。 おばあさんはこの韓日合意に対して憤り、最後まで闘わうべき、とおっしゃいました。 私はおばあさんにお会いするやいなや、とめどなく涙を流しました。 なぜなら、おばあさんに対して堂々と、青年であり大学生である私が、何をする、あるいは、(*何を)できる、と言えなかったからです。
実際、日本大使館に抗議デモに行き、連行されたい大学生はいないし、私もその瞬間があまりにも恐ろしくて怖かったです。 しかし、2015韓日合意が発表されると、被害者の名誉と人権に責任を負う人は、ただ一人もいませんでした。 韓国政府も、いかなる政治家も責任を負おうとしませんでした。 さらに言論では、韓日両国が苦心の末に慰安婦問題を円満に合意した、と歪曲報道しました。 私もその場に行って、抗議しなければならないと思いました。 厳しい寒さの天気でしたが、何でもすべきという心で少女像守護の座り込みを始め、31日には日本大使館へ抗議デモに行く事になりました。
以降、日本軍「慰安婦」被害者は、韓国政府を相手どり、2015韓日合意の適法性を争って国家賠償請求訴訟を提起し、去る3月17日弁論期日にて、韓国政府は、2015韓日合意は法的拘束力がない、と自ら認めました。 また、世論調査(韓国ギャラップ)で、70%の国民がこの合意を無効にすべきだという意見を明らかにしました。 しかし、当時、抗議デモに行った大学生の私は、実刑1年6月を求刑されました。
尊敬する裁判長様、私は2015韓日合意が被害者を一層傷つけた拙速合意であり、無効だと考えます。 当時の私の行動は、社会常規に反しない正当な行為と考えます。 皆がこの問題を無視した時、少女像を守り知らせた人々は大学生でした。 2015韓日合意を食い止めて、被害者たちと共にしようとした者は、結局大学生でした。 上記の状況を斟酌して、私に無罪を宣告する判決を下すようお願いします。
日本軍「慰安婦」問題解決のための大学生サークル平和の蝶ネットワーク
「慰安婦合意の無効」を主張し、懲役1年6ヶ月の実刑を求刑された女子大生キム・セムさん
2017 03 26 07:01
「おばあさんたちの遺影の前で、恥ずかしい思いをしたくない」
昨年1月2日午後、ソウル鍾路区の旧日本大使館前で開かれた韓日交渉の無効を求める土曜デモに参加した金復東(慰安婦として被害を受けたおばあさん)が日本大使館で奇襲デモを行い、連行されたキム・セムさんを慰めている。
「被害者の立場を排除した韓日きそうにな慰安婦合意は間違っている」
「大韓民国の国民は、韓日交渉を拒否する」
2015年12月31日午前、一群の大学生たちが「韓日の慰安婦合意の無効」を主張し、日本大使館で奇襲デモを行った。
そして1年3ヵ月が経った21日、検察はこのデモに参加した大学生1人に懲役1年6ヵ月を求刑した。
予想しなかった検察の実刑の求刑に被告人席に立ったキム・セムさん(25)は、涙があふれ出そうになった。
しかし、心が乱される心情でも自分の行動は「正当だった」と思った彼女は、ゆっくりと最終弁論を続けた。
「慰安婦問題の解決に向けて数十年間、戦ってきたおばあさんたちの人生を考慮せず、たった数時間で合意をしたことに心が痛みました。被害者のことを考慮し ない合意で多くの人が傷ついたが、誰も責任を負う人がいませんでした。
だから大学生たちが進んで問題を知らせなければならないと思いました。”大乗的妥 結”という内容の肯定的な報道が出ている時点で、合意内容の問題点を知らせる人が必要でした。裁判官がよく判断してください」…(省略)