坂口志文 (大阪大学特任教授):制御性T細胞を発見
自己免疫疾患は数多い。多発性硬化症やバセドウ病,Ⅰ型糖尿病など特定の臓器で発症するもののほか,関節リウマチや全身性強皮症など全身に症状が出る病気もある。いずれも本来,外敵だけを攻撃する生体防御の仕組みに異常が起き,自分の細胞までも殺傷するためと考えられている。この反応を抑えれば治療につながるはずだ。大阪大学免疫学フロンティア研究センターの坂口志文特任教授は免疫の仕組みの不思議さに引き込まれ,カギとなる「制御性T細胞」を発見した。自己免疫疾患,さらには各種のがんに対する新しい治療法を切り開くとして期待が膨らんでいる。

病原体などから体を守る仕組みである免疫。複雑な働きを巧みに操りながら感染症などと闘う一方、暴走するとリウマチや花粉症などの病気を引き起こす。世界的に競争が激しい研究分野で、大阪大学の存在感は大きい。ノーベル賞級の学者が集い、画期的な新薬も生み出されてきた。
米調査会社トムソン・ロイターが論文の影響力からまとめた「世界の研究機関ランキング」の免疫分野で、大阪大学は2014年に1位になった。「世界で影響力のある科学者」でもOBを含めて11人が選ばれた。ノーベル賞級の研究者も在籍。生理学・医学賞の登竜門とされるガードナー国際賞の受賞者として阪大教授の審良静男(63)と阪大特別教授の坂口志文(65)の2人が働く。
阪大の免疫学が世界と伍(ご)して活躍する理由について、長年にわたり同分野を率いてきた阪大特任教授の岸本忠三(76)は「故・山村雄一先生が礎を築いた」と振り返る。山村は元阪大学長で、戦後、国民病だった結核の撲滅に向けた研究に尽力。免疫研究の中興の祖とされる。
「上はけっちらかしても下はかわいがれ」。岸本は恩師の言葉を今も忘れない。当時は作家・山崎豊子の小説「白い巨塔」の連載があり、登場する大学のモデルは阪大医学部といわれた。ところが山村の研究室は自由闊達だった。
そんな環境にひかれ、1980年代、阪大の免疫分野にはスターが集った。本庶佑(先端医療振興財団理事長、74)や谷口維紹(東京大学特任教授、68)らが分子レベルで生命現象を解き明かす分子生物学を武器に世界的な成果をあげた。
生命科学の研究はそれまでの細胞レベルを扱う研究から遺伝子を中心に深く機能を探る分子生物学に移った。気鋭の研究者が集う環境で、生命科学の萌芽(ほうが)が追い風となり、孵卵器(ふらんき)のように次々と成果が生まれる。
その1つが岸本が平野俊夫(前阪大学長、68)とともに発見した免疫物質「インターロイキン6(IL6)」だ。
平野は岸本から厳しい指導を受けながら、谷口から遺伝子工学の知識を教えてもらい実験を続けた。1985年末には軽い不整脈に陥り研究を断念しかけたが、86年5月にIL6の遺伝子を突き止めた。平野は「多彩な研究者が競争しながらも手の内を明かすような議論ができる風土があった」と振り返る。
当時、国内の免疫学は阪大の岸本研に対し、東大は多田富雄(元東大教授)が率いた。お互い相手を強く意識した。阪大は狭い研究室で多くの研究者がすし詰めのような状態で研究に没頭。この熱気に満ちた環境が阪大をトップに押し上げたともいえる。
IL6はその後、リウマチの発症にかかわることが分かり、中外製薬が抗リウマチ薬「アクテムラ」(商品名)として08年に発売。全世界の売上高が1000億円を超える。最近は抗がん剤としても注目され、応用はさらに広がりつつある。
本庶も阪大から京大へ移った後、がん細胞が免疫細胞を抑える物質「PD―1」を発見。小野薬品工業が14年に抗がん剤「オプジーボ」(商品名)として発売された。がん細胞を直接たたくのではなく、免疫細胞の働きを活性化してがんを攻撃する「免疫チェックポイント療法」という新しいタイプのがん治療として注目を集める。