明治7年4月、日朝交渉をしていた日本側代表は、『朝 鮮人が日本人をあつかうの6ヶ条の秘訣』(アジ歴資料「公文別録」の「朝鮮始末(三)」p91)
年代が日本の江戸時代中期(元禄時代)頃に当たる作とされ、作者は不明であるが、この頃から、朝 鮮人は日本人に対する交渉術なるものを編み出していたらしい。日本との交易に携わる者たちの間で広まっていたものかもしれない。
曾テ韓人 我ヲ待ニ 六條ノ秘訣アリト聞ケリ 偶 住永友輔 左ノ文ヲ得テ出セリ 果シテ 其 聞所ノモノナラン
朝 鮮人待日本人六條
一 遜辭 屈己接人辞氣温恭
一 哀乞 勢窮情迫望人見憐
一 怨言 失志慷慨激出怒膓
一 恐喝 将加威脅先試嚇動
一 閃弄 乗時幸會翻用機関
一 変幻 情態無常眩惑難測
右元禄年
一 謙遜する 自分を低くして接し言葉遣いも雰囲気もうやうやしくおだやかにする。
一 哀れみを乞う 困りきったような情をあらわし憐憫で見られるようにする。
一 怨みを言う 精神を失ったかのように憤ってはらわたから激しい怒りを出す。
一 恐喝 まさに威圧し脅しをかけておそれさせる。
一 閃くように弄する あらゆる機会を用い時に乗じて翻弄する
一 変幻 同じ態度をせず眩惑し推し量ることを難しくする。
ざっとこんな意味であろうか。
明治元年から7年間にわたる日朝交渉において、まさしく朝鮮側の交渉態度はこのとおりであった。
しかし国と国との交渉にこのような小手先の技で臨むなら、それは小児の外交である。必ず信義をなくし、その真意も伝わらないだろう。
150年近く経過しても、朝 鮮人の本質は卑怯で卑屈で嘘吐きであることに
一切の変化はない。
ここの日本人諸氏は、これを頭に入れて
偽赤IDや青IDを弄ってもらいたいと思う今日この頃。