発見と日本による補修
発見された当時の石窟庵
1909年、郵便配達員が配達のため吐含山の峠を越えようとしたところ、突然豪雨に見舞われ山中の洞窟に逃げ込んだ。その洞窟の中に偶然仏像を発見した。当時の石窟庵は崩壊寸前で、倒壊の恐れがあった。天井が抜け落ち、仏像に直接雨が当たり、周囲の仏像の配置もすでに不明で、全体の半分以上が土に埋もれていた。そのため、日本統治時代の1913年から1915年にかけ、日本により三度にわたる大規模な修復工事が行われた。工事には当時としては最新の技術であるセメントが使われた[1]。
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