安倍前首相に小池都知事…
小池都知事のCMが不愉快だ。テレビを見ていると、都知事が出演する動画が盛んに流れる。「都民の皆様へのお願い」として、20時以降の不要不急の外出を自粛しろ、3密を避けて外出は短時間で済ませろ、不要不急の都県境をまたぐ移動も自粛しろというメッセージだ。
どれもいまや誰でもわかっていることで、こんなものを流すのに手間暇を割くのはまったくの税金の無駄遣いだ。自己PRをするな! と言いたい。
いかにも小池さんが「やってる感」を演出するための施策で、自分の顔を売るためとしか思えない。そんなことに使うお金があるなら、コロナの影響を受けて困っている人たちのために使うべきだ。
菅総理を擁護するつもりはないが、安倍前総理と比べていいところを強いて挙げるとすれば、ウソをつけないことだ。リップサービスもできない。
菅総理は秋田生まれだそうだが、私も東北出身の人と長年仕事をしたことがある。皆がそうではないが、とにかくルールからはみ出すことをしない人が多い。法定速度をきちんと守り、いくら急いでいても黄信号では絶対に止まる。確信の持てないことは決して言わない。関西出身の仕事仲間もいて、性格が正反対の2人はよくケンカしていた。
ナンバー2の官房長官としては、菅さんのそんな東北人気質がぴったりだった。どんな攻撃を受けても鉄面皮ではねつけ、ときに悪役になることもいとわず、政権運営の邪魔になる者は容赦なく排除する、そんなイメージがあった。
しかし、そんな既存のルールに厳格で守りに強い彼のような人は、いまのような大変革の時代の総理大臣には向かないのかもしれない。
それに比べて安倍さんや小池さんは、確証のないことでも、その場をしのぐのに有利と見ればすぐに口にしてしまう。そんなウソが問題を引き起こすことも多々あるのだが、昨今の日本の風潮として、正直なことを言う人はウケないのも事実だ。
日本人は、ウソに対して鈍感になってしまったのではないか? いまの日本は、平気でウソをつける人が出世する社会になってしまった。
たしかに国のトップに立つ人は、ある意味、上手なウソつきでなければいけないのかもしれない。「ウソも方便」というが、ときには大風呂敷を広げて、国民を安心させることも必要だろう。後でそれをきちんと回収し、広げた大風呂敷を国民のためのホンモノにできるだけの度量があるならそれもよい。
だが、自らの保身や、お友達を利するために国民にウソをつくのはまったく意味が違う。許されるべきではない。また、非常事態にかこつけて国民を統制するために実のない数字を並べ立てているならば、これは国家による背信行為とすら言える。
新型コロナをめぐっても、連日「感染者は〇〇名」「死者は〇〇名」と言われるが、もはや政府の出す数字は信用できない。それもこれも、前総理やここ数年の閣僚・官僚たちがウソをつきすぎたからだ。
戦時中の「大本営発表」は、実際は連戦連敗で追い詰められていたのに「本日、帝国海軍が〇〇隻の敵艦を撃沈させた」「〇〇戦線で味方が大勝利を収めた」などと国民をだまして戦争を続け、日本を敗戦に導いた。いまの政府のやっていることは戦前と大差ないように見える。
このままいくと政府は、感染率も死亡も収まっていないのに「コロナは収束した」などとして「オリンピックを予定どおりに決行しよう」と言い出しそうな気がする。もうごまかしも先送りも必要ない。そんな余裕はない。政府は国民に、すべてを開示すべきだ。私たちはほんとうの数字が知りたいのだ。