以下、とあるサイトの抜粋
日本語に多くの南島語起源の単語が入っているというのは、確実なことのように思われる。それでは、単語のみならず、文法的な要素についてはどうなのか?この問題に対し、大胆な仮説を唱えたのは、ロシア(帝政ロシア時代)の言語学者ポリワーノフ(1891-1938)でした。
彼は、ペテルブルグ大学で日本語を学びました。アルタイ言語学にも精通しており、その方面でも優れた業績をあげています。彼は、1914年とその翌年に来日し、日本語方言の調査を行いました。漢語のオリジナルのアクセントが、日本語のどこの方言に正確に保存されているか調査し、土佐方言が、最も古い日本語のアクセントを保存しているという説を唱えました。
この説は、昭和になってから金田一春彦氏(かの金田一京介の息子さん)によって、独立に提唱されました。方法論も全く同じものだったそうです。国語学者は、普通、ロシア語の論文なんて読まないので、金田一氏は、ポリワーノフの仕事を知らなかったのです。金田一氏は後になってポリワーノフの業績を知り、その先見性に感嘆したそうです。ポリワーノフは、異常な一面を持った、天才的言語学者だったそうです。
そのポリワーノフが、日本語に「非アルタイ的な匂い」をかぎつけたのです。彼が目を付けたのは、「接頭語」です。万葉集などを見ると、下に示した例のように、奈良時代には様々な接頭語が使われていたことが分かります。そのうちのいくつかは、現代語にも引継がれていますが、それが「接頭語」とは意識されません。
イ い隠る い渡る
カ か黒き かそけき か細き
サ さ衣 さ夜
タ たなびく,たばしる
マ ま白
など。
こういう接頭語なるものは、アルタイ語にはないのです。一方、このような接頭語は、南島語では、ありふれた文法要素です。
ポリワーノフが注目したのは、現代の日本語でも生きている、「真っ黒」という表現です。これをポリワーノフは、「黒」(kuro)を語根とし、以下のように構成されたものだと考えたのです。
makkuro → ma・ku・kuro
つまり、kuroに強調の接頭辞 "ma"が付いて、kuroの一部が不完全に反復されて、元の形容詞の意味を強調したものと解釈したのです。
これに似た表現が、フィリピン語(タガログ語)にあるのです。例えば、bait(善良さ)の形容詞強調形(複数)は、
bait(善良さ)→ ma-ba-bait(善良な)
で、「接頭語ma+語根の不完全重複」という形をとります。
彼は、メラネシア語のma-nae-nae (萎えた)とか、ma-nuku-nuku (柔らかい)というような例も挙げてますが、前者は、「なよなよ」あるいは「萎える」、後者は「ぬくぬく」なんて言葉とやけに似てます。
彼は、更に南島語と日本語の類似点として、「音楽的なアクセント」(端、橋、箸のように、音程の高・低で意味を分別するアクセント)も挙げています。このアクセントってヤツもなかなか面白いんですが、ここでは立ち入りません。
とにかく、ポリワーノフは、南島語の造語法や音韻システムが、日本語に残存している、という説を初めて唱えました。もし、そうだとするなら、南島語が日本語に与えたのは、単に語彙だけではない、原始日本語の成立に対し、もっと本質的な寄与を与えたことになります。
うまい例を思い付かないけれど、たとえて言えば、
「わたしは、このセンテンスを、re-書き・しました。」
(訳: わたしはこの文章を書き直しました。)
というように、英語の接頭辞(re-)が日本語にくっつき、それが機能しているような文章は、もはや純粋な日本語とは言えないということです。ポリワーノフは、日本語は、アルタイ語と南島語のハイブリッド言語であると考えたのです。