ここKJではコピサル君が「部落」という言葉をこよなく愛している。
この部落とは「被差別部落」の事。
社会から差別される人たちが住んでいる特定地域の住民の事だ。
今の時代はその「被差別部落」は崩壊。だってその地区には部落としらない人たちがたくさん住んでいるわけで「被差別者」は少数になってしまった。だからその地区を「被差別部落」とは言えないわけよ。
不動産の売買に必須な重要事項の説明には記載されないので、新しい居住者は部落だとは知らず、住民の被差別者もそれには誰も触れないわけで、そうなるのが自明の事。
で、ここで話したいのはちょっと前のビビンバ君のスレ(犬食)についてから思ったこと。
日本は江戸時代は仏教が国教だった。
日本の各地にある集落には部落単位で仏教寺院があり、併設された墓地に埋まる(檀家という)住民の先祖の供養をしてくれる。その仏教寺院が「檀家制度」という制度で今でいう村役場の住民課の仕事をしていたわけだ。だから出生地の寺院を訪ねればある人物の生い立ちや歴史がわかる制度だ。
で、国教である仏教だから国民は全員が仏教信者となる。
で、仏教には「殺生の禁止」が大事な徳目。
仏教は原理主義でないから
■他人が殺した動物の肉は食べてもよい。自分は虫でも動物でも殺したら人間界に生まれかわれない
というのが教是。
当然動物(刑に処される人間、野生動物)を殺傷する必要があったわけで、その仕事に従事する人が「非人」と呼ばれながら存在していたわけだ。仏教徒でないこの人たちが「被差別部落」の先祖。一般の人はやらない反倫理を仕事に従事させられ、一生俗世界に入り込めない人たち。
で、その当時の猟師や非人は今はなく、動物を屠殺するのは日本各地にある「食肉センター」と呼ばれる施設に従事する人に代わった。
いまの時代も「食肉センター」の敬虔な仏教徒の従業員は、仕事を替えたいと思っているだろうな。