サッカーのロッカールームだけの話ではない、
最後の一行は、韓国人への皮肉だろうな・・・。w
韓国人が投げたスリッパを整えて出た日本人観光客たち!
趙甲濟
*2008年10月の文
ソウル江南のセントラル高速バスターミナルを朝8時40分に出発した優等バスは安東に11時50分に到着した。
安東ターミナルでタクシーを呼んで屛山書院に向かった。
壬亂の時の霊衣政として李舜臣を抜擢して戰局を指揮した柳成龍が勉強した書院だ。
晩對樓(マンデル)に上がって前を眺めると息が詰まる絶景だった。正面には屛山の様々な峰が屛風のように横に広がっている。紅葉滿山だ。
その下にはナクドン川が装備されている。赤い山、青い川の水に続き、白い白い砂浜と珍しい見える松の木が雪の下まで迫る。晩對樓(マンデル)という意味は夕方頃にこの楼閣に上がって前山を眺めるというのではないだろうか?
自然が完璧な構図を描くときに見物するこれは息が詰まる。慶州の太宗無熱王能がある地形-左靑龍右白虎-がそのような例だ。晩對樓から降りて、その背後にある立敎堂の後ろに戻って開かれた門枠を通って兵山に向かって眺めると、門枠が一つの畵幅だ。ムーンフレームが絵を自然状態で盛り上げて傑作を作ってくれた。
こういう環境の中で勉強をした柳成龍先生なので、偉大な記録文学である「懲毖錄」を書くことができたのではないだろうか?柳成龍先生の故郷は安東河回村だ。屛山書院から約6km離れている。この村の一枚に永慕閣という記念館がある。壬亂について書いた柳成龍先生の手記である懲毖錄もここに保管されていたという。
川が村を包んで回るとして建てた河回村では、日本人団体旅行客が多く見られる。イギリスのエリザベス女王が訪れた村だ。永慕閣展示室に入るには、靴を脱いで赤いスリッパに着替えなければならない。
靴を脱いで床を見下ろすと、数十足のスリッパが秩序なくここそこに散らばっていた。先ほど出た韓国の団体観光客が残した姿だった。
記者が約10分の間、展示室を見回していくのに驚いた。そのめまいスリッパが刃のように整理されているのではないか?
すぐに出かけた日本人観光客たちがそうしていったのだった。彼らはほぼ50代以上の女性だった。無言で静かに行動した。ガムを叫んで噛んで騒いでいる同年輩の韓国女性観光団と対照となった。散らばったスリッパと整ったスリッパは韓国と日本の違いだろう。
世界で日本を優しく見る唯一の国が韓国だという。
[ 2022-11-24, 16:23 ]