【韓国から見た日本】日韓併合100年(3)386世代
2010.8.26 08:00
対等と対抗 高まる自信
「民主化運動で忙しく、日本について考える暇も関心もなかった。海外旅行を自由にできなかったわれわれの世代にとって、日本は遠い存在で実感もなかった」
軍出身の全斗煥氏が大統領に就任して間もない1981年に大学に入学したという金鍾杰(ジョンゴル)・漢陽大大学院教授(48)は、学生時代の対日観をこう振り返った。
知日家の家庭で育ち、父親からは「日本人は親切できれい好き。約束を必ず守り、謙虚さを重んじる人たちだ」と聞かされて育った。
それでも「われわれは当時、いかに韓国が素晴らしい国か、誇り高い民族であるかを学んだ。だから学校では、日本を悪者にして喜ぶという集団意識があった」と振り返る。
ソウル大生だったころ、学生デモに参加したという公務員の朴秀哲さん(47)。子供のころは、母方の祖母から統治時代の話をよく聞かされた。
「日本は韓国固有の伝統と文化の多くを抹殺した。なぜ、わが民族が違う民族から支配を受け、抑圧され、自分たちの歴史までも歪曲(わいきょく)されなければならないのか。子供のときは日本が憎かった」と語る。
父方の祖父が満州で独立運動をしていたというIT企業社長、申光浩さん(47)の対日観はこうだ。
「率直に言うと日本には良いイメージはない。われわれ『386(サムパルユク)世代』は基本的に日本は好きでない。幼いときは、今度は韓国が侵略して、日本を植民地にすればいいのにとさえ思っていた」
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1990年代に年齢が30代(3)で、80年代(8)に大学へ入り学生運動に参加し、60年代(6)に生まれた世代を、韓国では「386世代」と呼ぶ。現在40代の世代だ。
民主化を求めて起きた光州事件(80年)をきっかけに、軍事政権打倒を目指し反政府運動が盛んだった時期に学生だった。この世代のほとんどが学生運動参加の経験があるという。
386世代が少年期を過ごした60、70年代当時は、韓国では海外旅行が許されておらず、事実上“鎖国状態”だった。経済が急速に発展したことを背景に、海外旅行が完全に自由化されたのは、ソウル五輪開催翌年の1989年以降だ。
この世代が脚光を浴びるようになったのは、2000年の総選挙のときだ。韓国政界の新勢力として386世代が何人も立候補し、金権政治家らをターゲットにした「落選運動」を繰り広げ注目された。
今や政界や学界、言論界などを主導する存在になり、世論をリードする。選挙などでは、キャスチングボートを握っているとも言われ、この世代の投票行動が選挙結果を大きく左右する。
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386世代の対日観を、他の世代はどう見ているのだろうか。
「日本に対して韓国だって負けてはいない。対等だという意識が強い。でも日本を知るにつれ、やはり先進国だという認識を持つようになり、ならば良い点は日本から学び、日本に勝とうという対抗心が強い世代だ」(53歳、雑誌社社長)
「日本は大したことがない国ぐらいに思っている。でも日本のほうが韓国よりも上にいることも認めていて、日本の良い面は習おうという気持ちが強い」(39歳、公務員)
「自分たちの力で社会を変えた」という自負が強い世代だけに、日本への対抗心も強い。ただビジネスライクに良い面は認める。反日感情が強い申さんも「大人になってからは、日本に学ぶ点も多いと思うようになった」と言う。
一度も訪日したことがない朴さんは日本への特別な思い入れがない分、対等な日韓関係を訴える。
「日本が持っている長所を、必要ならば私たちは学ばなければならない。日本も韓国の長所は学ぶ。こういう関係になれば、互いに良いのではないか」(ソウル 水沼啓子)
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100826/kor1008260802000-n1.htm