このサイトを参考にしたhttp://www.geocities.jp/ikoh12/index.html
血液のGm遺伝子から見ると
上から アイヌ、日本人(全土)、鹿児島、種子島、屋久島、奄美大島、沖縄(那覇)、宮古島、石垣島、与那国島、高砂族、漢族(台湾)
Gm遺伝子から見ると大和民族、琉球民族、アイヌ民族の遺伝的違いは殆ど無く、北方系を示している。
与那国島からほんの数十キロしか離れていない台湾は、原住民も移住してきた漢民族も南方系を示し、日本人とは大きな遺伝的断絶を示している。
ところが
男系でのみ遺伝するY染色体で見ると
上から「アイヌ」、「東京」、「青森、静岡」、「九州」、「北琉球、沖縄」 
上から「南部琉球」「台湾先住民」
だいたい青森から沖縄本島まで、大きな違いは無いが、アイヌと南部琉球は大きな違いがある。
特に、南部琉球、即ち、石垣島、宮古島、与那国島などの人達は、他の日本人や、すぐ近くの台湾原住民とも全く違う遺伝子構成である
Y染色体のD系統というのは世界的にチベットと日本に偏在していて、その内、アイヌ民族で最も高い頻度を示すD2系統は、ほぼ日本人にしか見られない遺伝子だそうだ。

また南部琉球人が世界で最も高い頻度を示すO2b系統は、朝鮮人が最も高い頻度を示すY染色体として彼らを特徴つけるものでもあり、2者にどのような関係があるのか興味深いところである。
朝鮮人はO3系統も高い頻度で持つが、これは華北の漢民族に代表される遺伝子であり、漢民族との混血率が高い事を示すものだろう。
C系統の内、バイカル湖周辺に最も高い頻度を示すC3系統は、案外日本人には少ない。
日本人が北方系で、故郷がバイカル湖近くと言う話は怪しくなってきた。

本州人のC3系統の頻度は非常に少ないらしい。
九州のC3系統や日本人全般のO3系統は渡来人がもたらしたものだと私は推測する。
Y染色体の旅

Y染色体的に見ると、人類は「アフリカ組」と「出アフリカ組」に大別出来る
アフリカ組はA系統とB系統に分かれていた。B系統の中から三つのグループがアフリカを出た。
出アフリカ1グループは、C系統となり、オーストラリアや南北アジアに広がった。
出アフリカ2グループは、D、E系統となりインドでD系統は東へ(チベット、日本)、E系統は西へ(中東、南欧)進出した
出アフリカ3グループは、F~R系統となりヨーロッパから中国、南米まで広範囲に進出した。
日本は三つのグループ亜型の全てが見られる世界でも稀な場所らしい。
私の推測
初めにC系統が東アジアにやってきた。
次にD系統が東アジアに来てC系統を北に追いやった。C系統は南北に分岐し、北のC3系統はバイカル湖周辺で繁栄した。
次に0系統が東アジアに来て、D系統は東や西に追いやられ分岐した。西のD1、D3系統は主にチベットで、東のD2系統は日本で繁栄した。
O系統も分岐し長江文明の担い手がO2b系統となり、漢民族との戦乱を逃れて無人島であった南部琉球諸島や、朝鮮南部から日本列島へと、稲作技術と共に渡海した。
日本へ渡ったO2b系統は先住のD2系統と平和共存した。
黄河文明の担い手がO3系統となり、朝鮮半島にも進出して先住民と混血し、それから日本へも渡った。
日本史において、D2系統が縄文人であり、O2b系統が弥生人で、O2b系統とO3系統とC3系統の混血が半島からの渡来人である。
以上が私の推測
日本の本州におけるY染色体亜型の頻度