かつては、日本の短縮形であったJAPという言葉は、アメリカでの日系人排斥や太平洋戦争を機に日本や日本人に対する蔑称になった。
ところが、1980年代ごろから、日本人自身が、JAPと言う言葉を使い始めた。
ファッションデザイナーのタカダケンゾーが、自分のブランドにJAPと名づけたのがその典型だろう。
また、JAPANというロックグループも現れた。
日本人は、抗議や抵抗ではなく、日本の文化の魅力と日本人の能力によって、JAPという言葉や日本と日本人にまとわり付いていたネガティブなイメージを変えてしまったのである。
自分が日本人であることに何ら恥ずかしさを感じていない日本人は、何と呼ばれようと、相手を冷笑できる余裕があるのである。
一方、韓国人はどうだろうか。
単なる地域や地名であった「朝鮮」という言葉が、蔑称になり。激しい抗議や抵抗で差別語として、口にすることも出来なくなった。
ところが次には、KOREAという言葉自体が、再び蔑視の意味を帯び始めてしまう。
日本とはまったく逆の現象が起きているのである。
花は、どれだけ卑しい名前をつけられようと花の香りをたたえているが、大便は、どれだけ美しい名前でよばれても大便の臭いしかしないということだろうか・・・。
※頭の悪い韓国人のためのやさしい解説
この文章では「花=日本人」「大便=韓国人」という比喩的な表現をしています。
勉強になりますね。