
1785年に日本実学者Hayashi時ヘイ(林子平)がグリーン『サムグックゾブヤングジも』(三国接壌之図)

が指導は鬱陵島と独島を朝鮮の色である黄色で塗ったのみならずその横に「朝鮮の物」(朝鮮ノ持ニ)と字を書き入れて独島と鬱陵島が朝鮮領土なのをもっと明瞭に表示している.
日本政府が独島を日本で初めて記録したと指摘した 1667年の日本官撰古文献『ウンズシチォングハブギ』(隠州視聴合記)も鬱陵島(当時日本呼称 竹島)と独島(当時日本呼称 松島)は高麗領土で日本の西北の方境界は銀器も(隠岐島)を限界(限界)にすると記録している.
日本実学者Hayashi時ヘイ(林子平)が 1785年に編纂した [サムグックゾブヤングジも](三国接壌之図)は国別で色を異にして朝鮮は黄色で, 日本は緑で表示したが, 東海の中鬱陵島と独島(傘も)を朝鮮色である黄色で正確に塗ったのみならずその横に「朝鮮の物」(朝鮮ノ持ニ)と使って鬱陵島と独島(傘も)が朝鮮領土なのを明瞭に表示した.