Q 慰安婦と政府のかかわりを示す資料はあったのか
石原氏 国外、国内、ワシントンの公文書館も調べたし、沖縄の図書館にも行って調べた。それこそ関係省庁、厚生省、警察庁、防衛庁とか本当に八方手をつくして調べた。当然といえば当然だが、日本側の公文書では、慰安婦といわれるような女性を強制的に募集するような文書はない。八方手をつくしたがそんなものはない。日本政府が政府の意思として韓国の女性、韓国以外も含めて、強制的に集めて慰安婦にするようなことは当然(なく)、そういうことを裏付けるデータも出てこなかった。(慰安婦の)移送・管理、いろんな現地の衛生状態をどうしなさいとかの文書は出てきたが、本人の意に反してでも強制的に集めなさいという文書は出てこなかった。当たり前で、国家意思としてそういうことはありえない。(中略)少なくとも、政府の意思として動いた人にそういうことはなかったと思う。文書にないんですから。ただし、戦争が厳しくなってから「(軍が人数を)割り当てした」「軍の方からぜひ何人そろえてくれと要請があった」と、そういう要請はある。それは、従来であれば、業者の人たちが納得ずくで話し合いで本人の同意のもとに数をそろえた。ところが、戦争が厳しくなってからどうも、ノルマを達成するだめに、現地判断で無理をしたのが想定された。(中略)(韓国女性に)ヒアリングした中には、意に反して(慰安婦)にされたと涙ながらに話した人がいた。
Q 意に反するといっても、親が本人に黙って業者に売ったケースもありうる
石原氏 そこはああいう戦時下のことだから。しかも個人の問題だから、親との話がどうだとかはこれは追究しようがない。(中略)裏づけ、本人の親と会うとか、当時の関係者と会うとかそういう手段はない。もっぱら本人の話を聞くだけだ。
Q これで日韓間の騒動が収まるとの政治判断によって、かえって問題は大きくなった。訴訟を起こした韓国女性のいう自らの経歴も二転三転している
石原氏 我々はできるだけ客観的事実を聞き取るための条件設定努力を続けたけど、それは限界がある。こっちに捜査権があるわけじゃない。誰がどうだったか、金銭関係はどうだったかとか調べることはできない。それは不可能だ。そこは日本政府の意を受けて強制したかどうかは分からない。(中略)我々は、当時の関係者として、いかなる意味でも日本政府の意を体して日本政府の指揮命令のもとに強制したということは認めたわけじゃない。
Q 河野談話からは、甘言、強圧の主体が誰かが欠落している
石原氏 普通の談話であれば、物的証拠に基づく手法ではああいうものはできない。だから、論者によっては当然、そこまでいかないのになぜ強制を認めたのかという批判はあるでしょう。あの当時、「絶対強制なんかなかった」「とんでもない話だ」と反対意見もあったし。だけども、本人の意思に反して慰安婦にされた人がいるのは認めざるをえないというのが河野談話の考え方、当時の宮沢内閣の方針なんですよ。それについてはいろいろとご批判はあるでしょう。当時からあったが。
Q 石原さんは反対しなかったのか
石原氏 私は補佐役だから、弁解なんかしない。過程はいろいろあるが、政府として内閣として補佐にあたった以上は私は全責任を負わないといけない。個人的にどうだとか言ってはいけない、組織の人間としては。まとまるまでは中で議論があったが、まとめた以上はそこにいた人間は逃げられない。
Q 河野談話が出された結果、国連人権委員会などでも「セックススレイブ」という言葉が使われるようになった
石原氏 それはもちろん、そういうことに利用される可能性は当然ある。限られた状況の中で意に反した人がいたと認めれば、やはり訴訟している人たちは一事が万事、すべてが強制だと主張しているが、それを認めることになるというリスクは当然、あの談話にはあるわけだ。それは覚悟した。そういう風に言われるだろうと。だから出すべきでないという意見も中にはあった。だけど、政府として決めたんだから、我々関係者は少なくとも弁解がましいことはいえない。
Q 宮沢首相の政治判断か
石原氏 それはそうですよ。それは内閣だから。官房長官談話だけど、これは総理の意を受けて発表したわけだから、宮沢内閣の責任ですよ、もちろん。
Q 国家賠償請求につながるとは思わなかったのか
石原氏 全く想定していない。それはもちろん、あの談話をまとめるにあたっては外務、財務、法務省すべて関係者は承知している。われわれはあの談話によって、国家賠償の問題が出てくるとは全く想定していなかった。当然、当時の韓国側も、あの談話をもとに政府として要求するということはまったくありえなかった。(中略)慰安婦問題はすべて強制だとか、日本政府として強制したことを認めたとか、誇大に宣伝して使われるのはまことに苦々しくて仕方ない。もちろん、こういうものをいったん出すと悪用される危険はある。外交関係とはそういうものだから。だけど、あまりにもひどいと思う。(中略)それが(韓国は)今日まで、いろんな国際会議で日本政府が政府の意図で韓国女性を強制的に慰安婦にしたと言っているが、全く心外そのものだ。(後略、おわり)
すいません。これでもところどころ端折ったんですが、随分と長くなりました。石原氏は、慰安婦問題で二度、産経新聞の取材に応じてくれた(二度とも私はその場にいました)こともあり、少なくとも彼の誠意と善意は本物だと感じています。一方、この問題の主役である河野氏は、産経新聞のインタビュー申し込みに応じようとはしません。朝日新聞のインタビューには応じ、自己弁護と自己正当化を試みていましたが。
インタビューを通じ、実は事務方の石原氏は河野談話に反対だったことが浮かんできますが、彼は「批判は甘んじて受ける」というスタンスですね。一方、無意味どころか有害な韓国との政治取引で日本と日本人の名誉に深い傷を負わせた河野氏は反省もせず、今日まで反日言動を繰り返しています。河野談話が、仮に善意や過去への贖罪意識からできたものだとしても、私はやはり許すことができません。
別に河野氏やその類の人に向けた言葉ではないかもしれませんが、ニーチェの次の言葉で締めくくりたいと思います。
《まことに、わたくしは、同情することにおいて至福を覚えるような、あわれみ深い者たちを好まない。彼らにはあまりにも羞恥心が欠けている。》
《ああ、同情深い者たちにおけるよりも大きな愚行が、この世のどこで行われただろうか?また、同情深い者たちの愚行以上に多くの悩みをひき起したものが、この世に何かあっただろうか?》