[Why]誰もが釜山かまぼこ…元祖は立つ瀬が無い。
シン・ドンフン記者
入力:2011.10.08 03:04 /修正:2011.10.08 15:55
特許・商標登録をしていなくて、全国各地で名称使用。大企業まで飛び込んだ後、釜山産占有率60%→40%以下に落ちて。
おいしいかまぼこの代名詞"釜山かまぼこ". このかまぼこが100%釜山で作られると信じる人はもう居ない。 包装紙だけ覗いて見ても城南・安産・など全国各地で作られていることが分かる。 誰もが"釜山かまぼこ" "釜山オデン"という名称を使うのを見て釜山企業等は胸が痛むが、当初別途の製造特許や商標登録をしていなくて防ぐ手段がない。
釜山で2代目かまぼこを生産している三振食品のパク・ジョンス代表は"昔の品質水準に至らない製品を誰もが"釜山オデン"という名前で売っている"として"伝統方式に固執している企業等では大きい被害"と話した。 特に何年か前からCJ・シジョなど大企業が進出しながら全体かまぼこ市場は毎年10%ずつ成長を繰り返した。
市場規模も2000億ウォン台から3000億ウォン台に急成長した。 反面いわゆる土地産"釜山産かまぼこの占有率は60%台で40%以下に急減した。 最近釜山地域企業等を中心にオンライン"釜山かまぼこレシピ競演大会"(9月28~10月12日)が開かれて、地域放送で関連ドキュメンタリーを製作するなど"釜山かまぼこ興し"動きが起こるのもこのためだ。
◆釜山かまぼこ、過去の味はそのままなのに…
本来かまぼこは既存の市場で売った値段が安い食べ物であり庶民らの主要な蛋白質供給源だった。 寒い天気にあつあつの汁で湯気が咲く姿は我が国から抜けない冬風景の中の一つ. 特に数十年になった伝統方式で作った釜山かまぼこは特有の濃い味と色で有名だった。
釜山は解放直後日本人たちが残しておいて行ったかまぼこ製造施設と人材をそのまま譲り受けてかまぼこの本場になった。 原料の魚が豊富で小麦粉が半分を越える他の地域と違い新鮮な魚肉を70%以上混ぜるから味が優れるほかはなかった。
製造工程が機械化される前の20余年前だけでも正しくなされたかまぼこは釜山だけで味わうことができた。 生産量が少なくて他の地方では流通自体が大変だった。 ソウル、明洞の"釜山オデン"など有名で美味しい店はそれで今でも釜山チャガルチ近隣"富平市場"路地入り口で家内手工業方式で作ったかまぼこだけを供給している。
消費者用かまぼこ市場は80年代中盤本格的な企業化の道を歩く。 三湖と大林かまぼこが城南と安産などソウル近郊に工場を整えて大量生産に入った。 既存の市場入り口で家内手工業形態で作ったかまぼこが急速に企業型生産方式で代替された。 その上各々"三湖釜山かまぼこ","大林釜山かまぼこ"式で釜山かまぼこという名前を持って使い始めた。
◆大企業進出、さらに萎縮する釜山企業等
かまぼこ市場は去る2008年CJが三湖が大林かまぼこを取得しながらもう一度大きい変化を経る。 中小企業が主導した時代で本格的な大企業間競争体制に入ったこと。 一市場調査機関によれば現在の消費財市場だけ基準とする時CJ 33.2%、シジョ26.9%、同遠9.3%、プルムウォン3%程度の占有率を見せることが明らかになった。
CJ関係者は"釜山かまぼこは、過去釜山で作った四角形態と濃厚な黄色、高い魚肉比重などいくつかの共通点を持ったかまぼこの"種類"を指し示す言葉"としながら"単に釜山で作ったといって釜山かまぼこだと主張するのは昔話"と話した。
特に全国各地域にマートが入って食品にコールドチェーン(冷蔵流通)システムが導入されながら中小企業等が立つ場所はより一層狭くなった。 すでに釜山地域企業等が生産したかまぼこの70~80%は路上屋台を中心に流通する実情. 釜山かまぼこ製造連合ホ・ナムグク常務は"釜山企業どうし独自の製造者マークを付けて売っているけれど、すでに大企業が主導する市場で消費者らの認識を変えることは容易ではない"と話した。
このために釜山地域および食品業界を中心に日本の"長崎オデン"のように釜山かまぼこの地域特産物化を推進する一方高級材料を使って製品の水準を高めるなど革新が必要だという声が高まっている。
日本の設備と日本の技術で作ったのが本物だが、朝鮮ではどんどん劣化コピーとなるのが現実。
朝鮮人は、かまぼこもおでんも釜山が本場のウリナラ固有の食べ物だと思っている。