1885年4月、イギリス海軍の3隻の軍艦が巨文島を占拠した。イギリスは第二の香港にする計画だった。
イギリスは清国と日本に巨文島の占拠を通告し、住民を動員して兵舎や防御施設を建て、また上海との間に電信線を敷設した。
中国は許可するつもりで朝鮮にその旨を連絡したら、朝鮮はなんと、巨文島はどこにある島か? と問い合わせてきた。
人が住んでいる島さえ朝鮮は把握していなかったのだ。
まったく管理せず数多くの島は放置状態だったと言う事だ。
結果的にはロシアの反対などによりイギリスは巨文島の占拠を諦めた。
ところで、人が住んでいた巨文島さえ、把握していなかった朝鮮が無人島である竹島(独島)を把握していたのかね? そんな訳がない。まったく存在を知らなかったのが実情だ。
日本が1905年に竹島(独島)の領土宣言しても、なんの反応もなかった。
今になってその当時は日帝に脅されて反抗することができなかった。と言い訳している。
イギリスも中国と日本に連絡し朝鮮は無視していた。このように朝鮮は中国の属国で外交権はなかったのだ。アジア2位の国だったは妄想だ。
今になって思えばイギリスに占拠させ第二の香港にした方が良かったかもしれない。
植民地がかならずしも悪い事ばかりではないからね。