ハワイはアメリカの横暴に危機感を感じていた。
1881年 カラカウア王が来日し、明治天皇と会見。
アメリカの侵略に危機感を感じていた王は日本に併合を申し込んだが、
アメリカとの関係悪化を懸念する日本政府から丁重に断られた。
その後、
1893年:リリウオカラニ女王が米国との不平等条約を撤廃する動きをみせると、これに強く反発したアメリカ人農場主らが海兵隊160名の支援を得てクーデターを起こし、王政を打倒して「臨時政府」を樹立。
女王はイオラニ宮殿に軟禁される。
1895年1月16日:ハワイ人王政派が武装蜂起したが短期間で鎮圧、虐殺される。この武装蜂起を支援したとしてリリウオカラニ女王が逮捕・幽閉される。原住民の大虐殺の後、アメリカがハワイを完全に乗っ取る。
1895年1月22日:リリウオカラニ女王廃位(ハワイ王国滅亡)。
1898年:アメリカはハワイ共和国を併合、ハワイ準州(米自治領)とした。
一方、李氏朝鮮王朝は国の運営ができずに半島の利権をロシア、アメリカ、イギリスなどに売り払い、売れるものは全て売り、売れる物がなくなり、国家破綻して日本に泣きついて併合を願い出た。
この時日本はは朝鮮が可哀想に思い併合してあげた。
アメリカと違い、常に平和を愛する日本でした。