あ暗黒騎士くらさんのー

「絵で分かる、Dokdoの名前変化講座」ーー♪

この講座では、どうせ韓国人は読みやしないのを前提にしつつも、
馬鹿でも分かるように絵を多用してお送りします!

最近、韓国人が
「日本はUlungdoをMatsushimaと改名したの!!」
等の発言をしていたので、
ああ、韓国人はその辺分かってないんだな、と思い、
作成してみました。

1.
朝鮮において「Ullungdo」と呼ばれていた島の存在を日本国が知ったのは
1617年、Otani Jinkichiが遭難してUllungdoに漂着してから。
彼は、空島政策で無人島だったUllungdoを見て、新しい島を発見したと思い、
当時の政府に報告と共に、この島の産物商いを願い出ました。

韓国の言うDokdoは1600年代中頃には認知しており、地図等も残っています。
この段階で、日本国内においてUllungdoは「Takeshima」、現在の韓国の言う
Dokdoは「Matsushima」と呼ばれました。

基本的に、その後1905年にTakeshima日本編入の際に名称が変更されるまで続きます。

2.
18世紀頃になると、西洋の捕鯨船などが頻繁に現れるようになり、
1787年にはフランスの船舶がUllungdoを発見。

Dageletと名前を付けます。

3.
そして、1789年、事件が起こります。
イギリスの船舶が、新しい島を発見したと報告し、Algonautoと名付けます。
しかし、この船が見つけたのは、実際にはUllungdoで、天測を誤ったものでした。

ここに、地図の上にだけある幻の島、Algonauto島が登場します。
以降、西洋の地図には、Algonauto、Dageletが掲載されてゆきます。

4.
1840年、もう一つの事件が発生します。
1828年まで日本で蘭学を教育する傍ら、日本の自然を研究していたドイツ人
Sieboldが研究成果を発表。

Philipp Franz Balthasar von Siebold
ドイツの医師、博物学者( 1796年2月17日 - 1866年10月18日)

「Japan」と題されたこの本に掲載された地図にTakeshima、Matshishimaが紹介されていました。
しかし、その位置は
AlgonautoをTakashima
DageletをMatsushima
と、誤って記述していたのです。

Takeshima を TakAshimaとも、間違えていますが、発音的には正しいのかも。

位置は兎も角、数も並びも似ているので、止むを得ないとも言えます。
現に、韓国人は今でもこの「Algonauto」と「Dagelet」の組み合わせを
「Ullungdo」「Dokdo」と勘違いしているのです。
参考画像

普通にUllungdoとDokdoの位置関係を知っていたら
見た瞬間におかしい事が分かります。
つまり、韓国人はUllungdoやdokdoの位置を知らないのです。
5.
1849年、フランス船舶により、Takeshima/Dokdoが発見されます。
しかし、西洋の地図には掲載されていないので「新しい島」として、
Liancourt rocksと命名されます。
こうして、西洋の地図には、
Algonauto / Takashima
Dagelet / Matsishima
Liancourt rocks
の、3つの名前が並ぶようになっていきます。
参考画像 Stanford Map 1898

注:イギリスはLiancourtRokcsを、自国の船が発見して命名したHornet岩と記載していた。

この頃の日本では、西洋から輸入した地図により、地図表記が混乱しました。
日本国内で作られた地図でも、Algonautoの位置にTakesima、Ullungdoの位置にMatsushimと書かれた地図があります。
また、軍隊では西洋の地図表記に合わせていました。

先日、韓国人が
「日本はUllungdoをMatsushimaと改名したNIDA!」
「だから、Dokdoは同時にTakeshimaと改名しているNIDA!」
「1877年太政官指令にある『竹島他一島』のTakeshimaは、Dokdoの事NIDA!!」
等と騒いでいましたが、
残念ながら「Takesima」の名は、存在しないAlgonuto島の方に振り分けられていたのです。
改名した訳でもないよ^^

では元々のMatsushima/Dokdoはどう呼ばれたのかと言うと、
西洋の地図に合わせて「Liancourt岩」と書かれています。
ただし、これは地図上の話で、別に島の名前を改名したわけでなく、
公式には従来どおりでした。

6.
1854年、最後の事件が発生します。
ロシア船舶によってAlgonauto島が、存在しない事が確認されました・・・。
すると、どうなるでしょうか?
西洋地図から「Takashima」が消えてしまいました。

1905年、日本のTakeshima編入時に、MatsushimaをTakeshimaと改名したのは、
この地図上の混乱を避ける為なんですね^^
日本が、Liancourt rokcsをTakeshimaと呼べば、世界の地図も「Dagelet/Matsushia」を
修正せずに済み、総てが解決しました。
だから、解決させたのです。
尤も、一度刷られて広まった地図総てが簡単に新しい地図に入れ替わる訳も無く、
また辺境の小島1個あろうがなかろうが関係ないという観点もあったと思われるのですが、
暫くの間Algonutoの載った地図は作り続けられ、流通し続けました。

7.
これが、日本に於ける、Takeshima、Matsushimaの名称問題のあらましです。
一方、朝鮮では、この様な混乱は起こりませんでした。
何故でしょうか?

・・・だって、当の朝鮮の政府はまだ
「本当にUsandoが在るNIKA?」
「調査隊を送るNIDA!」
「Ullungdoの直ぐ東に島があるNIDA!きっとこれがUsandoNIDA!」
「他に島は見えないNIDA!」
とか、やってる最中です。

これでは、世界の地図変化事情で問題も起こりません。
最初から最後まで、完全に蚊帳の外でした。

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