典拠はどうやら黄文雄『中国・韓国の歴史歪曲』のようである。この話題は広く流布しており、出典が明記されないサイトも多いようにみうけられる。
では、黄文雄は何を根拠にこの主張を行ったのであろうか。『中国・韓国の歴史歪曲』には、
朝鮮と清国の従属関係について、簡単にまとめれば、(中略)細かく定められた貢品以外に、毎年、牛三千頭、馬三千頭、各地の美女三千人を選り抜き、清国に朝貢することが義務づけられていた*1。
とあるのみで、残念ながら根拠は記されていない。そこで黄氏の翌年の著作を見ると、
李朝が毎年、宗主国へ朝貢する貢ぎ物の中にも「宦官」と「貢女」が見られた。しかし「清」に対して毎年、供出する宮廷慰安婦、美女三千人というダレの『朝鮮事情』の記述に関しては、私は多少の疑問がある。
中国歴代の王朝の宮廷では「後宮美女三千人」が通説ではあり、晋の武帝や梁の武帝の時代は一万人を超える場合もあった。清の雍正帝のような名君は、きわめて少なかった。
しかし、李朝時代には、それほど大量の美女を毎年、宗主国へ送る事は考えられない*2。(後略)
とあり、根拠はダレ『朝鮮事情』であるとする。ただしここでは「私は多少の疑問がある。(中略)李朝時代には、それほど大量の美女を毎年、宗主国へ送る事は考えられない。」との私見が加えられ、幾分慎重である。黄氏の近著にも、
李朝時代が毎年、宗主国に貢女や宦官を献上していたのは史実である。西洋の伝道師シャルル・ダレが書いた『朝鮮事情』(平凡社東洋文庫)には、李朝朝鮮は毎年、宮廷慰安婦として「美女三〇〇〇人」を供出していたと書いてある。とはいえ、三〇〇〇人とはあまりにも多すぎると私は思う*3。
とあり、「毎年、宗主国に貢女や宦官を献上していたのは史実」としながらも、「三〇〇〇人とはあまりにも多すぎると私は思う」と私見を付している。こうした意味では、毎年美女三千人を清朝に貢いだという説は、黄氏自身、既に支持していないのである。
3000人は過大でしょうね^^