1636年、明に代わって後金が中国大陸において大きな力を持ち、国号を清と改めた。
清の皇帝ホンタイジは明の朝貢国であった朝鮮に対して、自らへの朝貢と明への派兵を求めた。ところが朝鮮王の仁祖は「我々のご主人様は明nida!お前たちのような野蛮人など皇帝として認めないnida!」とこれを拒否。激怒したホンタイジが自ら朝鮮征伐に乗り出すとたった40日で降伏し、仁祖はホンタイジに三跪九叩頭の礼をとり、莫大な賠償金と今後の朝貢の約束、王子を人質に出すなど屈辱的な講和を結んだ。
このときに建立されたのが大清皇帝功徳碑である。
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碑文の内容を大まかに訳すと
仁祖「偉大な清国皇帝陛下に逆らった私が身の程知らずの愚か者でした!どうかお許しください!」
ホンタイジ「そうだな。もうこのような馬鹿なことはするなよ。」
仁祖「ありがとうございます!皇帝陛下の大恩に報いるために陛下の臣下として誠心誠意お仕えいたします!また、陛下のご恩と、陛下に逆らった大罪を永遠に忘れないために、この石碑を建立します!」
といったものである。
こうして朝鮮は清の属国として毎年の朝貢(黄金100両・白銀10000両と美女3000名、牛馬各々3000等)を欠かさず行い、清の使節が来るときには国王自らが、清への服属の証として造られた迎恩門まで迎えに行き、ただの使節にすら九叩の礼を行って出迎えた。

現在の韓国の国旗である太極旗も、もともとは清から下賜されたものである。
下は最古の太極旗の画像だが、「大清国属」とはっきり書かれている。

このような屈辱的な扱いを長年にわたって受け続けた朝鮮だが、1895年に日清戦争に勝利した日本が清と下関条約を交わし、その第一条において日本が朝鮮の独立を清に承認させることでようやく清の支配から解放されたのだった。
なお独立国となった後もまったく国土の経営ができずに欧米列強に借金を重ね、日本に泣きついて併合を願い出るわけだが、それはまた別の話。