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申聞鼓 ニュース(韓国語) 2011.12.11

剣道の根本 世界最古の本国剣
辞書で剣道は武道の一つとして剣術を磨く方法と載っている。だが"本国剣(ホンクコム)"はまだ辞書にも載れずにいて残念だ。 ハングル学会でも私たちの本国剣をそこまで取りまとめることが出来ない理由であろうか?
古剣法のひとつ朝鮮勢法も辞書で探せない。
ところで朝鮮勢法はなぜ辞書では沈黙を守っているのか! 本国剣は新羅時代から伝えてきたことが李氏朝鲜 英祖王の時刊行された『武芸新報』に初めて収録され、この‘武芸新報’を増補した『武芸徒歩通知』は李氏朝鮮 正祖14年(1790)に刊行されたがこの‘武芸も普通’の24個中一つで伝えている。
(社)大韓本国剣協会イジェシク宗司は"本国剣は古朝鮮の蘇途から壇君王建の弘益人間、梨花世界の民族思想を継承して、三国時代の国選ギャラリーの剣術を伝承した"としながら"朝鮮時代には武芸試験の兵術で活用されたし、現代にきて国民的な生活武芸体育で育成して普及している本国剣だが、この大会を通じてより一層広がるように願う"と明らかにした。(2011年11月23日)
二種類中一つは歴史的側面の強調が深刻化されている。 とにかく本国剣は我が国の伝統武芸だ。 それなら朝鮮勢法は本国剣法と一緒に1621年中国の某原義が使った武備志に紹介された朝鮮固有の剣法だ。 本国剣法より先んじる最も古くなった剣法で知られている。
剣道という用語は中国の『漢書芸文志』に初めて紹介され、‘剣道三十八篇’という記録が最初のことが分かっている。
剣の歴史は人類の歴史とともにある。撃剣が本来の用語だ。
広い意味で剣道界もとても複雑だ。 合気道がそうであるように剣道も互いに伝統を前に出して自分の組織がオリジナルと言い争う。その中でも剣道の精神的側面が強調されて、剣道は昔から精神教育を追求することだと呼ばれてきた。 他の武芸も例外でない。
私たちの伝統武芸復元とそれにともなう普及は望ましい現象だ。私たちが私たちのものを普及して組織を通じて体系的に伝承普及するというのに、それを話す考えには問題が伴う。本国剣が世の中の光を見ることになったところには『本国剣』(東文選文芸新書74・1995年出版)が大きく寄与した。
剣道が日本が仕事をしたものと考えて白い目で見たり忌避しようとするが、これは誤った考えだ。日本が剣道をスポーツで開発したことは彼らの誇りで、その起源が私たちにあるということが私たちの誇りだ。御製『武芸徒歩通知』24個の武芸中に<倭剣>を特に詳細に収録した私たちの先祖の正しい意味を忘れてはいけない。イ・ジョンニムは話す。
大韓剣道会創立は1953年で大韓体育会の正式加盟団体になった。この時から各試み支会が傘下団体で設立され始めたし第1回全国個人剣道選手権大会を開催した。 そして1956年に剣道が全国体育大会に正式種目に採択された。 1970年に国際連盟が創立されて大韓剣道会が加盟された。
私たちは数百年が流れるように私たちのものをまともに守ることが出来ない悲しい歴史を持っている。 武を敬遠し、刃の概念をおろそかにした結果ではないだろうか。 中国の『武備志』に紹介された唯一の剣法の‘朝鮮勢法’と現存する世界最古の剣法の‘本国剣’は世界剣道史に大きい光になっているのに…。
遅れを取った事を知っているからこそ剣道人の姿勢がより重要なのだ。 黒い愛と剣道を修練する精神と愛情を持っているということはその次で国家ブランドと育成させることができるビジョンを咲かなければならないことだ。 世界化が生存競争の手段になっている時代に私たちが生きている。
剣道人の姿勢が見える。 孝を根本で家庭を塗るようにする。 国と民族のために献身する。 信義を前面に出して社会に奉仕する、自然と隣を愛して正しいことのためには退かない。 五種類を入っている。 進んで学び教えるところで刃物は体で磨いて気持ちで切ることだ。(『剣道』1995)
‘剣の道は人間の道’という。 ‘剣道はまもなく人生’という哲理でこそ最も平凡ながらも最も非凡な剣道の窮極の目的である。
剣道は刃が真っ青な真剣勝負から始まったのだ。 その厳粛漢菓冷徹さの中で類型の技として無形の心を正すことだ。
剣法でない心法を教える指導者と印鑑(道場,塗装)があちこち生じるならばどれくらい良いだろうか。(『剣道と人間』1998)
武道練磨はまさに無限の自分修養で、ひいてはそういう過程を経て体得された武芸はまさに芸術といえる。 真に武芸修練を通じて剣でも、人間の道に達したところ武芸人に会うことさえできるならば、そして彼から座右銘をみなすほどの人生の道すなわち教えを受けたい。