水間鉄道「一度も乗ったことないが」存亡の危機に応援メッセージ殺到
2013.6.3 12:53

水間鉄道貝塚駅の枕木に付けられているプレート。応援メッセージは全国から寄せられている=大阪府貝塚市
5千円で10文字「枕木オーナー」制度
経営難から一時は存亡の機に立った大阪府貝塚市のローカル線「水間鉄道」(貝塚-水間観音、全長5・5キロ)に、全国から応援メッセージが寄せられている。線路の枕木にプレートを設置できる「枕木オーナー」制度で、昨年7月に募集を始めて約1年で枕木オーナーは300人を突破。家族の名前などを入れる人が目立つが、「頑張れ水鉄」「走れ地域の鉄道!水鉄」といった激励の言葉が並ぶ。
枕木オーナーは、1口5千円で、線路の枕木に備え付けるプレートに、10文字までのメッセージを刻むことができる。1人で10口を申し込んだ人もいるという。
メッセージを寄せているのは、地域の足として水間鉄道を利用する地元の人ーだけでなく、「一度も水間鉄道に乗車したことがない」という人たちも。
例えば、水間鉄道の再建に向けて抜擢(ばってき)された民営鉄道初の女性社長、関西(せきにし)佳子さん(50)の意気込みに心打たれたという東日本大震災の被災者や「鉄道ファンの一人として存続に協力したい」という別の鉄道会社に勤務する同業者も。
各地から寄せられる声援に、関西社長は「支援は本当にありがたい。これからも多くの方にオーナーになっていただければ」と話している。
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【用語解説】水間鉄道
大阪府貝塚市北部を走る10駅5・5キロのローカル線。大正14(1925)年に貨物、15年に旅客鉄道の営業を開始した。現在では10駅中8駅は無人駅となっている。バブル期の過剰な不動産投資で約258億円の負債を抱え、平成17(2005)年に会社更生法の適用を申請し、事実上倒産。18年に外食チェーン「グルメ杵屋」の完全子会社となり、20年には経営再建に向け、SE(システムエンジニア)として入社した関西佳子さんが、民営鉄道で初の女性社長に就任した。少子化などの影響で、利用客は23年度で年間195万人と減少傾向にあるという。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130603/wlf13060313000014-n1.htm
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水間鉄道「女性社長の姿に憧れ」「子供たちに冒険を」…枕木オーナーたちの熱いメッセージ
2013.6.3 13:01

存続の危機にある水間鉄道。貝塚駅の枕木には応援メッセージが貼られている=大阪府貝塚市
「なくしてはいけない路線」。大阪府貝塚市の「水間鉄道」を支えようと、1口5千円の枕木オーナー制度を通じて広がる応援の輪。同社の経営状況はいまだ厳しく、乗客数も減少傾向にあるものの、地元にとってはなくてはならないローカル線だ。「新幹線が大動脈ならローカル線は毛細血管。地域に栄養が行き届かなくては死んでしまう」といった枕木オーナーたちの思いが、“地域の足”を支えている。
(藤原由梨)
「社長にあこがれた」
「困難に向かっていく姿勢に、同じ働く女性としてあこがれた」
青森県三沢市の社会保険労務士、兼平弘枝さん(41)は昨年12月、テレビ番組で取り上げられた水間鉄道の関西(せきにし)佳子社長(50)の仕事に向かう姿勢に心打たれ、枕木オーナーになった。再建に向け、平成20年に民営鉄道で初の女性社長に抜擢(ばってき)されたのが関西さんだった。
乗客の利便性のために果敢に取り組む関西さんの意気込みを知り、兼平さんは「自分にはできない決断。先を見通した考え方」とあこがれ、インターネットで調べ、今年3月、枕木オーナーに申し込んだ。
東日本大震災の被災者でもある兼平さん。震災で自宅は無事だったが、生後約半年だった長男の陽向(ひなた)君(2)のミルクやおむつが入手できなくなり、静岡の実家に一時避難した経験もある。プレートには「東北6県の県名を入れようか、『忘れないで』と入れようかとも考えたが、10文字には入り切らなかった」という。結局、震災をともに乗り越えた長男の名前などを入れたが「9月に大阪に行くので、プレートを確認したい」と、鉄道好きの陽向君との乗車を楽しみにしている。
同業者からもエール
一方、「鉄道ファンとして存続に協力した」というのが静岡県三島市の鉄道会社社員、清水匠さん(28)。別の鉄道会社で10年間勤務しているが、同業者として気になったという。
清水さんは「鉄道を地域をめぐる血管とするなら、新幹線が大動脈で、ローカル線は毛細血管。毛細血管がなくなれば、全身に栄養が行き届かなくなる。土地が死んでしまう」とオーナーとなったという。
「ローカル線は、高齢者や学生といった交通弱者を守る使命がある。ここ10~20年、各地で不採算路線がなくなっているが、なくしてはいけない路線だ」と力を込めた。
初めての冒険も
もちろん、地元出身者からもメッセージが寄せられている。小学3年まで貝塚市で暮らした東京都新宿区の会社役員、下川太一さん(34)も2口のオーナーになり、家族の名前を記した。
水間観音駅近くで生まれ育ち、小学校低学年の時に水間観音駅から母親の待つ貝塚駅まで1人で乗車した“初めての冒険”が忘れられないという。「怖くもあったが、1人で電車に乗るという背伸び感があった。子供にも同じ経験をさせてやりたい」と、将来、長男の優(ゆう)君(6)と次男の歩(あゆむ)君(2)にも冒険させたいと、存続を希望しているという。

水間鉄道貝塚駅の枕木に付けられているプレート。応援メッセージは全国から寄せられている=大阪府貝塚市
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130603/wlf13060313030015-n1.htm
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路線5キロ…水間鉄道(1)病床の会長「ほんま頼むね」 民鉄初の女性社長に
2013.2.4 15:15

「入社するまで、水間鉄道に乗ったことはなかった。縁とは不思議なものですね」と話す関西佳子さん (松永渉平撮影)
■水間鉄道社長・関西佳子さん
大阪府貝塚市北部の貝塚駅から水間寺まで、わずか10駅5・5キロを結ぶ水間(みずま)鉄道。バブル期の過剰な不動産投資で約258億円の負債を抱え、平成17年には会社更生法の適用を申請する存続の危機に立たされた。そこで再生の原動力となったのが関西佳子さん(50)。新しいアイデアで合理化を進め、20年に民営鉄道で初の女性社長に抜擢(ばってき)された。一時は専業主婦として過ごすなど、鉄道事業とは無関係の生活を送ってきた関西さんは、どのようにして経営再建に挑んだのか。
(聞き手 藤原由梨)
--水間鉄道に入社されたきっかけは
関西 平成17(2005)年4月に水間鉄道は会社更生法の適用を申請し、事実上倒産したんです。再建に向け、事業管財人に外食産業「グルメ杵屋」の椋本彦之会長が就かれました。椋本会長は昔、貝塚に疎開していたという縁があって、住民の足がなくなるのは忍びないと引き受けられたんです。
--しかし、椋本さんは鉄道のことは分からない
関西 実務的な更生計画を作るときに、大手私鉄の鉄道マンだった私の父が事業管財人補佐という形で手伝うことになりました。更生計画に必要なメンバーで、集まらなかったのがICカードやシステム系の刷新を担当する人間。私は当時、フリーのシステムエンジニア(SE)をしていたので、めどが立つまで手伝ってくれと父に言われたのがきっかけです。
--構成メンバー6人の中のお一人ですね
関西 6人のうち、全く鉄道に関係がなかったのは私だけ。システムに強い人材はいないかと声をかけても、システム系の人間の賃金は高いんですよ。『近くにいて、手っ取り早くて、安い人材だった』とよく言われるんですけど、融通の利く娘の私が選ばれた、それだけのことです。最初は父も「2年だけでいいから」と言っていました。
--後継者候補ではなかった
関西 社長になることについて、父は反対していました。私たちは地元貝塚の人間ではないですから、外からやってきて、親子でやっていると思われるのは、父にとって不本意だったんでしょうね。
--それでも、椋本会長から後を託された
関西 途中から総務部長を兼務したので、2年で辞めるという気持ちはなくなっていました。総務で縁の下の力持ち的な仕事をしようと思っていたので、椋本会長から「社長に」と声をかけられたときは、とんでもないと辞退しました。
--なぜ引き受けられたんですか
関西 椋本会長がお元気なときから、後はやってくれと言われることはあったんですが、平成19年夏に病気で倒れられたんです。20年6月に亡くなったのですが、その1カ月ほど前に病院にお見舞いにいったとき、「ほんま頼むね」と。その日は気分が良かったようで、半分起きられた形で手を握られて。そのときに、「はい、わかりました」とお受けしました。
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【プロフィル】関西佳子(せきにし・よしこ) 昭和38(1963)年、堺市生まれ。帝塚山学院短大卒業後、野村証券で勤務。専業主婦を経て、平成17年に水間鉄道の再建に当初はSEとして携わる。IC乗車券「PiTaPa」や、ATS(自動列車停止装置)の導入などに取り組み、20年5月、社長に就任。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/130204/wec13020415150006-n1.htm
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路線5キロ…水間鉄道(2)負債258億円…安全設備投資が大変
2013.2.5 15:15

貝塚の名峰、和泉葛城山をイメージした車両の前で語る(松永渉平撮影)
■水間鉄道社長・関西佳子さん
--椋本彦之会長はどんな方でしたか
関西 厳しい方でした。ただ、社長をお受けした日は、たまたまテレビで水間鉄道の特集が放送されていて、「みんな頑張ってるね」とほめられたんです。会長は優しさは持っているけれど「頑張ってる」なんて、軽ーしく言う方ではなかった。頑張るだけではだめ、知恵を出せと言われる方だったので、本心からそう思われたんじゃないですか。
--それでは、安心してバトンを渡されたんですね
関西 そうですね。改めて思うと、本当に責任重大ですね。
--そして平成20(2008)年5月に社長になられた。民間鉄道で初の女性社長という意識は
関西 特段なかったです。「初」だと周囲がおっしゃるから「ああそうか」というくらい。なぜかというと、30代をSEとして過ごし、そのときの仕事メンバーは大半が男性。その中で指示を出すこともよくありましたし。
--社長として、何から手を付けられたんですか
関西 社長就任時も会社は大変だったんですよ。会社更生法の適用を受けたので、負債は258億あったけれど、実際に返済する額は減免されるわけです。それで黒字は確保していたんですけど、利益は上がらないという厳しい状況が続いていました。今も大変なんですけど、当時は安全設備投資がほったらかしにされていたので、その対応が大変でした。
--具体的には
関西 ATS(自動列車停止装置)をつけるために、電車の内装を全部やり直したり、IC乗車券「PiTaPa」を導入したり、億単位でお金が出ていく話ばかり。資金繰りが大変なときにバトンタッチしたので、それをやりきらなきゃというのが一番。理想を求めるところまでいきませんでした。
--兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故後、鉄道の安全は一層重視されるようになりました
関西 水間鉄道は、脱線事故から1、2週間で会社更生法を申請しているんです。ATSはないし、つけることもできない。旧経営陣はそこで決心されたんでしょうね。
--鉄道事業を辞める選択肢もあった。それでも続けようとなったのは地元の要望だったんですか
関西 それが、地元の方でも倒産したことを知らない人の方が多いです。なぜかというと、水間鉄道は運行を1日も止めていないから。電車が止まらないと倒産したってわからないですよ。会社更生法を申請したと紙には書いて張り出していたんですが、ピンとこないですよね。
--結局、地元から継続の声は上がっていない
関西 事業管財人は法律管財人の後に決まるんですが、椋本会長が手を挙げる前に、何人かやるという人はいたんですが、借金の額を聞くとクモの子を散らすようにいなくなって。周囲にも、鉄道をやめればいいのではという人はいました。
--負債も大きく、安全も担保できるかわからない
関西 電車の代わりにバスを運行させればいいのではという声も出ました。椋本会長は地域の足を残したいというのが一番の希望だった。父は電車がなかったら動かない、バスでは輸送できないだけの人数を運んでいると考えていました。水間鉄道の旧株主も、ゼロになるよりは残した方がいいと判断されたんではないでしょうか。
(聞き手 藤原由梨)
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/130205/wec13020515150008-n1.htm
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路線5キロ…水間鉄道(3)もっと乗って…駅ナカ“マルシェ”など新企画
2013.2.6 15:15

関西社長の発案で始まったえきなかマルシェ。物品販売やさまざまなイベントが開かれる(水間鉄道提供)
■水間鉄道社長・関西佳子さん
--社長就任後、水間観音駅の留め置き電車内で物品販売などを行う「えきなかマルシェ」や女性アテンダントの導入など、新しいアイデアを次ー実現されていますね
関西 えきなかマルシェを始めたのは平成23年4月です。企画自体はその年の3月に起きた東日本大震災前に立てていて、実施するか悩んだんです。でも、こういうときこそ関西から元気にならないと、ということでゴーサインを出しました。おかげさまで好評だったため、現在は毎月第3日曜に開催しています。
--マルシェのアイデアは
関西 場所がなかったから、それだけなんです。水間鉄道の施設で場所がとれるのは、駅のホームか電車の中。ホームは雨が降るとぬれてしまうし、お客さまの通りもある。でも線路は2本あるので、片側は運行に使って、片側を市場にする。夏は冷房、冬は暖房、イスもありますから。
--地元の特産品を置いているんですか
関西 半分くらいは地元の方の出店です。野菜やケーキ、アクセサリーなどの販売に加え、乳がん検診の体験コーナーなども開いています。
--マルシェをきっかけに駅に来てもらい、電車を利用してもらうのが目的ですか
関西 まったくもってその通り。だから、水間観音駅でやるんです。本当なら貝塚駅でやる方が人は集まりやすいんですが、すると乗ってもらえません。通勤通学だけではなく、観光や買い物を目的に乗ってもらう人を増やしたいんです。
--女性アテンダントの導入は
関西 これも23年4月に必要性とサービス向上の2点から導入しました。水間鉄道では、自動改札機は始発と終点の2駅にしかなく、他の駅では車内のバス車載機型を使ってもらいます。
--車両の扉を開けるのは1カ所だけ。本当にバスのようですね
関西 お金さえあれば、各駅に人を配置して、自動改札機もちゃんとしたものを入れたいんですが、余裕がないのです。アテンダントにはわかりにくい部分のサポートや観光案内などもしてもらっています。
--女性ならではの繊細な心配りですね
関西 大みそかの終夜運行など、他社はやっていたのに、わが社はやっていなかったサービスも始めました。水間鉄道は、もともと水間観音に参るための参拝鉄道です。参拝鉄道が大みそかに終夜運行をやっていなかったことが私には信じられなかった。
--アイデア豊かですね
関西 いわれるほどアイデアは出してないですよ。ほんとに。みなさんの協力でいろいろできてるだけで、私がこれをやりたいといってるわけではないです。
--他の鉄道でやってることを、同様に始められたということですか
関西 そうです。他の鉄道との違いは、お金をかけずにやっているということですかね。お金があれば自分たちでプロジェクトを組んでやればいいんですが、マルシェも資本金がないので、だれかに協力してもらわないといけない。
--マルシェはどのように運営を
関西 電気代として1店舗500円もらうだけで、収益の何割かもらうということもありません。場所をお貸ししているだけなんで、基本的には地元のみなさんで盛り上げてもらっています。
(聞き手 藤原由梨)
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130206/wlf13020615150013-n1.htm
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・・・一生乗ることはないだろうな。
(:´-ω-)
・・・本当に無くしてはいけない路線なら、南海辺りが支援なり引き受けしそうに思うけど。
バスで良いんじゃないの?
それか、鉄道をやめて軌道にするとか。
( ´-д-)
いつまで続くのかしらね。
( ´-ω-)
~ 以上 ~