“代表アレルギー”全開
岡田武史氏の本心
2015年2月13日 16時0分
サッカー元日本代表監督の岡田武史氏(58=四国リーグ・FC今治オーナー)が“代表アレルギー”を全開にさせた。
岡田氏は12日、鹿児島市内で行われたFC今治とJ1清水の練習試合を視察した後、取材に応じたが、次期代表監督就任の質問が飛ぶと即座に「ないですね。絶対ないです。(日本サッカー)協会から相談? 全くない」と繰り返すだけ。八百長問題でアギーレ氏の解任がささやかれ始めた昨年12月の会見でも「もう二度とやらないと言った仕事」と話しており、触れてもほしくない…といった様子だった。
過去2回の指揮官就任はピンチ(1997年は加茂周監督の更迭、2007年はイビチャ・オシム監督が緊急入院)でお鉢が回ってきた経緯があり、アギーレ氏が解任された今回も三度目の正直を期待する声がある。それだけに「都合のいい監督」や「説得すれば応じる監督」と思われている状況に、すんなり収まりたくないのだろう。
実際、代表関連の話題には徹底して「無関心」を強調。アギーレ氏の解任劇に関しては「協会と一切関わってないからどういう状況なのか知らない。新聞は読んでいるけど、そういう情報でコメントしたくない」。今後の日本代表への期待を問われても「全く関与していないからわからない。思うところもないし、こっち(オーナー業)のことで精一杯」とけんもほろろだった。
さらに自身が指揮を執りベスト16に進んだ10年南アフリカW杯も「忘れちゃった、そんな昔」と言い切ったほど…。後任監督選びが難航した際の代行監督就任(本紙既報)など日本代表に関わることも「ないです」。後任監督選びで日本サッカー協会が混乱を続けるなか、岡田氏はどこまでもかたくな。やはり、過去2度の“代役”がそれほど過酷な経験だったということか。
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岡田さんは、日本サッカーの歴史上、1998年に初めてワールドカップ出場に導き、しかも2回目に懇願されてオシムの後始末をした2010年には他国開催で初めて16強に導いた日本サッカーの恩人。
参照で、我が早稲田大学のサッカー部出身である。
よほど日本代表監督で苦労したのだろう。 思わず上の記事に笑った w しかし尊敬している。