安重根評伝
[1章] 北斗七星精気抱いて生まれる
2008/05/08 08:00 ギムサムウング(金三雄)
安重根は 1879年 (高宗 16年) 9月 2日 (旧暦 7月 16日) 黄海道海州府首陽山の下鉱石洞でお父さんアンテフン(安泰勳)とお母さん趙マリアの長男に生まれた.生まれる時から胸とお腹に北斗七星模様の 7個の黒点があって北斗七星の機運が感応すると言って幼名をウングチル(応七)と作った.安重根の生まれた所は伯夷叔斉の百歳清風碑がある首陽山裾だった.
安義士は 1879年 9月 2日海州首陽山の下海州府鉱石洞で誕生した.(出処 : 安重根義士記念館)
安重根は後日旅順監獄で筆を執った自敍伝アン・ウンチル(安応七)歴史で "私の姓は안(安)です.名前はズンググン(重根),幼い時の名前はウングチル(応七)だ.私の生まれつきの性質が軽くて急そうで名前をズンググン(重根)だから作って,胸とお腹に七個の黒い点があって幼い時の名前をウングチル(応七)と言ったと言う"と書いた.
安重根が生まれる前から朝鮮は風雲が濃くて行っていた.生まれ 3年前に江華島条約が締結されて開港場で日本居留民の居住地域が設定されて,日本貨幤が流通した.米を含めた糧穀が無制限日本に流出されながら朝鮮民たちはひどい食糧難を経験するようになった.いくら後全国に防穀令が下ろされたが多くの所の港で大っぴらに日本で米が流出されていた.(continued)