以下、去年の5月20日の夜に行った「帝国劇場・宇宙人現る他」と言う投稿から抜粋して来た物に、若干、内容を追加した物です。
帝国劇場は、1911年に開館した、東京都心部でも中心的な地域に位置する、西洋式の劇場です。現在の建物は、1966年に建てられた(1966年に建て替えられた)2代目の建物となっています。

写真は、借り物。東京會舘(左)と帝國劇場(右)。1920年代前半頃。東京會舘は、1922年に開館した、東京都心部でも中心的な地域に位置する、レストラン・結婚式場・宴会場です(1971年に2代目の建物に建て替えられ、現在の建物は、2019年に建てられた3代目の建物)。
宇宙人東京に現わる(英語での題名は、Warning from Space)(以下、「宇宙人東京に現わる(Warning from Space)」と書きます)は、1956年に公開された、日本の、SF(science fiction)映画で、1950年代に作られた映画なので、現代の基準で見れば、作りに、安っぽさが見られる事は、否めませんし(あくまでも、現代の基準で見ればの話ですが)、公開されてから現在に至るまで、世界的に、映画評論家達の中で、賛否が、かなり分かれている映画である様ですが、現在においても、日本国内外で(日本国内及び日本国外で)、一部のマニア達の間で、カルト的な支持・人気・知名度のある映画である様です。
「宇宙人東京に現わる(Warning
from Space)」は、他の、日本の1950年代の、SF(science
fiction)映画と共に、後に、「2001年宇宙の旅(2001: A Space
Odyssey)」(1968年に公開された、イギリス・アメリカ映画)を監督した、Stanley Kubrickに影響を与えています。
宇宙人東京に現わる(Warning from Space)に登場する宇宙人、パイラ(Paira)人の、デザイン(design)は、岡本 太郎(okamoto taro)(下の補足説明を参照)が行っています。
岡本 太郎(okamoto taro):1911年生まれ。1996年に亡くなる。1930年代から1990年代半ば(主として1950年代から1980年代)に活躍した、日本の有名な現代美術artist。
岡本 太郎(okamoto taro)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
カンボジアの伝統料理他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3818058/page/40?&sfl=membername&stx=nnemon2
台湾の伝統料理他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3818057/page/40?&sfl=membername&stx=nnemon2
鯉のぼり(日本の伝統的な風習)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532447/page/30?&sfl=membername&stx=nnemon2
縄文(Jomon)土器と岡本 太郎(okamoto taro)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532446/page/30?&sfl=membername&stx=nnemon2
枡形(masugata)城(castle)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532445/page/30?&sfl=membername&stx=nnemon2
枡形(masugata)城(castle)・顕神の夢 幻視の表現者展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3691084/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
縄文(Jomon)土器と岡本 太郎 顕神の夢 幻視の表現者展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3691083/page/19?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、「宇宙人東京に現わる(Warning from Space)」の、あらすじに関しては、基本的に、wikiから抜粋して来た物です。
ストーリー:世界中で謎の飛行物体が目撃され、国際会議や科学者はその正体を巡って盛んに議論をしていた。そんな折、日本各地にヒトデ形の宇宙人が出現した。彼ら「パイラ(Paira)人」は、地球の原水爆(原子爆弾・水素爆弾)開発に警告を発するために来訪した善良な種族であり、日本に現れたのも「世界唯一の核攻撃による被害国なら、話を聞き入れてもらえるだろう」と判断したからだった。しかし地球人はパイラ(Paira)人の姿を見ると恐れて逃げてしまい、意思を伝えることができない。
パイラ(Paira)人らは逆に、地球人を容姿の醜い生物だと感じているが、友好のために地球人に変身しての接触を試みる。まず、帝国劇場のトップスターである美女・青空ひかり(aozora
hikari)の姿を選び、記憶喪失の美女・天野銀子(amano
ginko)として湖へ投下。松田(matsuda)博士を始めとする科学者達に発見・救出させ、接触するように仕向ける。天野銀子(amano
ginko)は、松田(matsuda)博士が原水爆(原子爆弾・水素爆弾)以上の破壊力をもつ元素「ウリウム101」を研究していることを知り、その危険性と理論研究の停止を訴え、友好を示す証しとして新天体Rの地球接近を伝える。日本の科学者達は世界に核兵器の提供を求めるが相手にされず、さらに松田(matsuda)博士はウリウム101の情報を狙う兵器産業スパイに拉致監禁されてしまう。そしてついにRの接近が確認され、その影響で地球上には天変地異が起こり始める。大地を襲う地震や津波に人類は為す術もない。監禁された松田(matsuda)博士も危機に陥るが、そこにパイラ(Paira)人が救出に現れた。
ようやく危機感を持った超大国は核ミサイルを次々と新天体
Rへ撃ち込むが、全く効果は無かった。ミサイルは全弾撃ち尽くされ、もはやこれまでかと思われた時、パイラ(Paira)人は松田(matsuda)博士から聞き出した方程式を元にウリウム101の爆弾を新天体
Rに向け発射。新天体Rは爆発四散し、地球は救われた。こうして、人類は核兵器が完全廃絶された世界で新たな生活を始めるのだった。
パイラ(Paira)人:体は5肢を持つヒトデ形で、胴にあたる部位に大きな一つ眼を具えている。高度な科学力を持つ一方で友好的な宇宙人でもあり、地球には「宇宙道徳」に基づいて新天体
R
の衝突を警告するために訪れ、地球近くに円錐を組み合わせた形の宇宙ステーションを設置し、アダムスキー型空飛ぶ円盤で地球に出入りしていた。地球人を「顔の中心に出っ張り(=鼻)のある哀れな醜い生物」と言っているが、それでも「地球に入りては地球に従え」の信念で、変身装置を使って地球人の姿に変化した。人間に変身したパイラ(Paira)人は、指紋が無いことや驚異的な跳躍能力、瞬間移動能力を持つ。
パイラ(Paira)人たちが会話する場面では、音声も身振りも無く、画面隅に会話内容が字幕で出るだけであり、彼らがテレパシーで意思の疎通を行なっていることが示される。なお、ポスターやスチル写真では体の色は赤になっているが、映像中に登場するパイラ(Paira)人は全て黒い体に青い眼(市販の円形蛍光灯を用いている)をしている。

写真は、借り物。「宇宙人東京に現わる(Warning from Space)」の、ポスター。
以下(動画は、借り物)、「宇宙人東京に現わる(Warning from Space)」(1956年の、日本の映画)の予告編。
https://youtu.be/RVI5ghAD-k0?si=fpkWjJRo-VQFmeB1
https://youtu.be/m3ATncR0AoU?si=q3Wa1WoYeiRdUyXo
以上、去年の5月20日の夜に行った投稿から抜粋して来た物に、若干、内容を追加した物でした。
現在、「宇宙人東京に現わる(Warning from Space)」(1956年の、日本の映画)が、you tubeで、公式で、期間限定で(11月28日の20時から12月12日の19時59分まで)、公開中です。
現在、you tubeで、公式で、期間限定で(11月28日の20時から12月12日の19時59分まで)、公開中の、「宇宙人東京に現わる(Warning from Space)」(1956年の、日本の映画)(フル映画)→
https://youtu.be/_gDk_fe6gAw?si=v78ItBOBYTkklwr4
以下、1月27日の夜に行った「60年近い歴史の世界一売れた自動車他」と言う投稿の再掲です。
以下、去年(2024年)の12月の前半に行った投稿から抜粋して来た物で、日本の、三大自動車会社についてです。
トヨタ(toyota)、日産(nissan)、本田(honda)は、日本の、三大自動車会社となっています。
三大自動車会社の中でも、トヨタ(toyota)が抜きん出ていて(日本最大の自動車会社であると共に、世界最大の自動車会社)、日産(nissan)と本田
(honda)は、トヨタ(toyota)に次ぐ、日本で2番目に大きな自動車会社の地位を争う関係にあります。日本の自動車会社の主要な市場は、日本と
アメリカですが、アメリカでは、日産(nissan)よりも、本田(honda)の方が、brand力も上で、存在感もありますが、日本では、本田
(honda)よりも、日産(nissan)の方が、伝統的に、brand力も上で、存在感もある企業でした。自動車販売台数も、アメリカでは、本田
(honda)>日産(nissan)ですが、日本では、伝統的に、日産(nissan)>本田(honda)となっていました。日産(nissan)自動車は、1980年代までは、トヨタ(toyota)と共に、日本の2大自動車会社でしたが(本田(honda)は、三菱(mitsubishi)、マツダ
(Mazda)と共に、日本で3番目に大きな自動車会社の地位を争う会社に過ぎなかった)、1990年代以降、経営が悪化し、トヨタ(toyota)に、
大きく差をつけられました。
日産
(nissan)自動車は、1990年代以降、経営が悪化、1990年代末には、経営危機に陥り、フランスの自動車会社、ルノー(Renault)(フランスの国策会社的な性質を持つ自動車会社で、フランス最大の自動車会社且つヨーロッパ有数の自動車会社。会社の規模としては、日産
(nissan)自動車よりも小さい)と資本提携を結び、ルノー(Renault)と共に、Renault–Nissan
Allianceを形成する事になり、実質的に、日産(nissan)が、ルノー(Renault)に救済された形で、日産(nissan)がルノー(Renault)の発行済み株式の15パーセント(percent)を所有したのに対し、ルノー(Renault)が日産(nissan)の発行済み株式の約44パーセント(percent)を所有して、ルノー(Renault)は、日産(nissan)に対し強い議決権を持つに至っていましたが、去年(2023年)以降は、ルノー(Renault)から日産(nissan)への出資比率は15パーセント(percent)に引き下げられ、お互いに、15パーセント(percent)の株式を持ち合う、対等な資本関係となりました。
トヨタ(toyota)、日産(nissan)、本田(honda)は、日本国内において、それぞれ、伝統的な、ブランド(brand)イメージがあります。
日産(nissan)自動車(1911年創業。1910年代に乗用車の生産を開始)は、かつては、技術の日産(nissan)と呼ばれ、売れる(大衆の、消費者の、ニーズ(必要性)に応えて、商品力が高い)自動車を作るのは、日産(nissan)よりも、トヨタ(toyota)の方が上手でしたが、
日産(nissan)自動車は、トヨタ(toyota)よりも、高い、自動車の技術力を有していました。
本田(honda)(1946年創業)は、自動車の分野に進出したのは、1963年の事で(ただし、それ以前から、オートバイ(motorcycle)会社の技術力としては、しっかりとした物があった)、日本の大規模自動車会社の中では、最も、後発の自動車会社ですが、冒険的・革新的な発想の、自動車を作り、若者層の心を捉える事により、日本の三大自動車会社の一つにまで、成長しました。
トヨタ(toyota)自動車(1936年に乗用車の生産を開始)は、日本最大、且つ、世界でも、最大の自動車会社です。
歴史的には、日産(nissan)自動車と本田
(honda)が、新しい発想の自動車を発売して、新たな市場を開拓した後、トヨタ(toyota)自動車は、その発想を真似た上で、それを上回る、商品力の高い(より、消費者の、ニーズ(必要性)に応える)自動車を、開発・発売し、日産(nissan)自動車と本田(honda)が、開拓した市場を奪う事により、成長して来ました。
トヨタ(toyota)は、現在は、Lexusブランド(brand)によって、高級なイメージも確立していますが、日本国内においては、古くから、大衆の、消費者の、ニーズ(必要性)に応えて、商品力が高い自動車を作るの得意な企業であると言う、ブランド(brand)イメージがある、自動車会社となっています。ちなみに、現在は、トヨタ(toyota)が、三大自動車会社(トヨタ(toyota)、日産(nissan)、本田(honda))の中でも、抜きん出ていて、圧倒的となっている事から、総合的な、自動車の技術力も、トヨタ(toyota)が、日産(nissan)よりも、上となっていますが(企業の規模が、大きいと言う事は、それだけ、研究開発に、ふんだんな(豊富な)、金を投入する事が出来る事を意味する)、前述の通り、日産(nissan)自動車は、かつては、技術の日産(nissan)と呼ばれ、売れる(大衆の、消費者の、ニーズ(必要性)に応えて、商品力が高い)自動車を作るのは、日産(nissan)よりも、トヨタ(toyota)の方が上手でしたが、
日産(nissan)自動車は、トヨタ(toyota)よりも、高い、自動車の技術力を有していました。
ちなみに、世界初の、本格的な、量産電気自動車(EV)は、三菱(mitsubishi)自動車(日本の、大規模自動車会社の一つ。ただし、大規模自動車としては、規模が小さい)の、小型の電気自動車、i-MiEV(4人乗りの、軽自動車)(2006年に発表、2009年に量産開始)ですが、世界初の、本格的な(5人乗りの)自動車としての、本格的な、量産電気自動車(EV)は、日産(nissan)自動車の、リーフ(Leaf)(2010年販売開始)です。日産(nissan)のリーフ(Leaf)は、2019年には、電気自動車(EV)として、世界で初めて累計販売台数40万台を達成しています。
最近、日産(nissan)自動車の業績が、かなり悪い様ですね。ちなみに、去年の(2023年の)、世界の自動車市場における、ブランド(brand)別、市場占有率の順位は、1位、トヨタ(toyota)10.7%、2位、Volkswagen6%、3位、本田(honda)4.6%、4位、Hyundai4.5%、5位、Ford4.4%、6位、Chevrolet(GMの代表的自動車ブランド(brand))3.9%、7位、日産(nissan)3.9%、8位、Kia3.5%、9位BYD(中国最大の自動車会社。電気自動車(EV)を得意とし、最近、成長が著しい)3.1%となっています。
韓国の方は、ご存知の通り、HyundaiとKiaは、1999年まで、別々の自動車会社でしたが、Kiaが、1998年に起きた、韓国の経済危機により、1999年に経営破綻、Hyundaiの傘下となり、現代自動車グループ(Hyundai
Motor Group)を形成するようになりました。
ちなみに、本田(honda)と日産(nissan)を、合わせた、世界の自動車販売台数は、前は、トヨタ(toyota)の、世界の自動車販売台数を上回っていましたが、現在は、本田(honda)と日産(nissan)を、合わせた、世界の自動車販売台数は、トヨタ(toyota)1社の、世界の自動車販売台数に、及んでいません。
ちなみに、本田(honda)と日産(nissan)を、合わせた、世界の自動車販売台数は、依然として、HyundaiとKiaを合わせた、世界の、自動車販売台数を上回っています。
ちなみに、去年の(2023年の)、世界で、売れた自動車の販売台数ランキング(順位)において、上位30位の自動車の内、半数(15の自動車)が、日本の自動車(日本の自動車会社の自動車)であり、去年の(2023年の)、世界で、売れた自動車の販売台数ランキング(順位)において、上位15位の自動車の内、10の自動車が、日本の自動車(日本の自動車会社の自動車)でした。ちなみに、世界で販売されている自動車の内、25%から30%(4台に1台以上)が、日本の自動車(日本の自動車会社の自動車)となっています。
最近、日産(nissan)自動車の業績が、かなり悪い要因は、幾つかの複合的な要因がある様ですが、根本的な原因は、日産(nissan)が、大企業病に、陥っている事にある様です。
前述の通り、日産(nissan)自動車は、1980年代までは、トヨタ(toyota)と共に、日本の2大自動車会社で(本田(honda)は、三菱(mitsubishi)、マツダ
(Mazda)と共に、日本で3番目に大きな自動車会社の地位を争う会社に過ぎなかった)、トヨタ(toyota)と、日本最大の自動車会社の座を争う関係にありましたが、日産(nissan)自動車は、未だに、その時代の事を引きずっており、日産(nissan)自動車は、他の、日本の自動車会社と比較すると、会社の規模、会社の業績に比較した、会社の経営者・役員・社員(従業員)(特に、経営者・役員)の、報酬・収入が、高い様です。
前述の通り、日産(nissan)を含む、日本の自動車会社の主要な市場は、日本と アメリカですが、その主要な市場である、日本とアメリカで、日産(nissan)自動車は、販売不振に、陥っています。
日産(nissan)自動車は、未だに、世界最高水準の自動車技術を有する会社の一つであると共に、世界最先端の自動車技術を有する会社の一つでありますが、年齢層の高い保守的な経営層による、保守的な(守りの)経営判断により、日産(nissan)自動車は、近年、その高い技術力を活かした、魅力的な、自動車を、あまり、開発・発売出来ていない事により、最近、日本国内で、販売不振に、陥っています。
また、日産(nissan)自動車は、アメリカ市場においては、ハイブリット(hybrid)自動車が得意な、トヨタ(toyota)に押されて、販売不振に、陥っています。日産(nissan)自動車は、e-POWERと言う、ある面においては、トヨタ(toyota)を中心とした通常のハイブリット(hybrid)自動車技術よりも優れた、独自の、ハイブリット(hybrid)自動車技術を有していますが、e-POWERは、低速の市街地走行では、通常の、ハイブリット(hybrid)自動車よりも有利ですが、高速での走行時に、燃費が、悪いと言う欠点を有しています。
また、中国市場においても、価格を含めた、中国国内の自動車会社の、電気自動車(EV)の競争力に押されて、販売不振に陥っています。
ちなみに、本田(honda)も、日産(nissan)と共に、大企業病に陥っている傾向があり、現在は、日産(nissan)自動車と共に、保守的な(守りの)経営判断により、保守的な(守りの)自動車製品しか出せていない傾向にあり、前述の通り、歴史的には、日産(nissan)自動車と本田
(honda)が、新しい発想の自動車を発売して、新たな市場を開拓した後、トヨタ(toyota)自動車は、その発想を真似た上で、それを上回る、商品力の高い(より、消費者の、ニーズ(必要性)に応える)自動車を、開発・発売し、日産(nissan)自動車と本田(honda)が、開拓した市場を奪う事により、成長して来ましたが、近年は、その様な関係が見られなくなって来ています。
日本の、大規模、電気製品会社・電子会社が、かつてに比べて衰退した、大きな原因の一つに、かつての成功体験により、大企業病に陥った事がありますが、日産(nissan)と本田(honda)は、その様な事がない様に、頑張って欲しいものです。
以上、去年(2024年)の12月の前半に行った投稿から抜粋して来た物でした。
日産(nissan)と本田(honda)が、経営統合の検討を行っている様ですね。その事に関するニュースは、去年(2024年)の12月後半頃から出始めましたが、その事は、全く予期していませんでした。
HyundaiとKiaの、去年(2024年)の、世界の自動車販売台数は、既に、公表されている様ですが、Hyundaiが、前年比1.4%減の、414万1,791台、Kiaが、前年比0.1%増の、308万3,371台、HyundaiとKia、合わせて、722万5,162台であった様です。
日本の自動車会社の、去年(2024年)の12月の世界の自動車販売台数及び去年(2024年)の世界の自動車販売台数は、もうすぐ(今月(1月)の30日頃に)発表されると思いますが、日産(nissan)と本田(honda)の、去年(2024年)の1月から11月までの、世界の自動車販売台数から予測すると、(前述の通り、一昨年(2023年)の、世界の、自動車販売台数に関して、本田(honda)と日産(nissan)を、合わせた、世界の自動車販売台数は、依然として、HyundaiとKiaを合わせた、世界の、自動車販売台数を上回っていましたが)、去年(2024年)の、世界の、自動車販売台数に関して、本田(honda)と日産(nissan)を、合わせた、世界の自動車販売台数は、HyundaiとKiaを合わせた、世界の、自動車販売台数に、大幅ではないが、少し、抜かされる可能性が、かなり高いです(去年(2024年)の、世界の、自動車販売台数は、Hyundai>本田(honda)>日産(nissan)>Kiaとなる可能性が、かなり高い)。
ちなみに、トヨタ(toyota)の、去年(2024年)の、1月から11月の、世界の自動車販売台数は、986万台で(トヨタ(toyota)は、去年(2024年)の、世界の自動車販売台数も、1,000万台を超えるのが、ほぼ確実)、去年(2024年)の、Volkswagenグループ(group)の、年間の、世界の自動車販売台数、903万台を、既に越えており、トヨタ(toyota)は、去年(2024年)も、世界最大の自動車会社の地位を保持する事が確定しています(ちなみに、Hyundai・Kiaは、トヨタ(toyota)、Volkswagenグループ(group)に次ぐ、世界3位)。
ちなみに、中国最大の自動車会社であるBYD(日本の自動車会社で例えると、中国の、トヨタ(toyota)と言った感じの存在なのかな?)の、一昨年(2023年)までの、世界の自動車販売台数は、日産(nissan)と本田(honda)、何れの、世界の自動車販売台数も下回っていましたが、去年(2024年)の、BYDの、世界の自動車販売台数は、前年比、41%増の、427万2145台で、日産(nissan)と本田(honda)、何れの、世界の自動車販売台数も、上回る(追い越す)事が、ほぼ確実な様です。
BYDの競争力に関しては、日産(nissan)、本田(honda)だけでなく、トヨタ(toyota)等の、他の、日本の自動車会社、Volkswagenを始めとしたヨーロッパの自動車会社、韓国の、Hyundai・Kia、アメリカのTesla(ちなみに、去年(2024年)のTeslaの、世界の自動車販売台数は、前年比1.1%減の178万9226台で、初めて減少に転じた)等も、相当、用心し、学ぶべき所は、学ばなければならないと思います。
Corollaは、トヨタ(toyota)(日本の大規模自動車会社の一つ。日本最大の自動車会社且つ世界最大の自動車会社)の、小型の、大衆自動車で、1966年に、初代の車が販売された、60年近い歴史を有する自動車です。Corollaは、Volkswagenで例えると、Golf、本田(honda)で例えると、Civicに該当する車種です。
Corollaは、世界の自動車の歴史上、累計で、最も、たくさん売れている自動車となっています。
Corollaは、1974年に、年間で、世界一、売れた車となり、1997年には累計販売台数で、Volkswagen
Beetleを抜いて、世界の自動車の歴史上、累計で、最も、たくさん売れている自動車となりました(2013年には、世界生産台数、累計4,000万台に達しました)。
Corollaは、SUVが、世界的なブームとなっている(SUVが、世界で売れている自動車の主流となっている)現在においても、依然として、世界有数の売れている自動車であり、Corollaは、2023年の、世界で、売れた自動車の販売台数ランキング(順位)において、Tesla
Model Y、RAV4(トヨタ(toyota)の、大衆、SUV)、Honda
CR-V(本田(honda)の、大衆、SUV)に次いで、4位となっています。ちなみに、前述の通り、2023年の、世界で、売れた自動車の販売台数ランキング(順位)において、上位30位の自動車の内、半数(15の自動車)が、日本の自動車(日本の自動車会社の自動車)であり、2023年の、世界で、売れた自動車の販売台数ランキング(順位)において、上位15位の自動車の内、10の自動車が、日本の自動車(日本の自動車会社の自動車)でした(ちなみに、世界で販売されている自動車の内、25%から30%(4台に1台以上)が、日本の自動車(日本の自動車会社の自動車)となっています)。

写真は、借り物。1966年に販売が開始された、初代の、Corolla。

写真は、借り物(写真の作者:Kevauto)。2018年に販売が開始された、現行の(12代目の)、Corolla。
トヨタ(toyota)Sprinter
は、1968年から2002年まで販売されていた(初代は、1968年から、2代目は、1970年から、3代目は、1974年から、4代目は、1979年から、5代目は、1983年から、6代目は、1987年から、7代目(最終型)は、1991年から)、Corollaから派生した、若者向けの、大衆自動車です。トヨタ(toyota)Sprinter
の、開発・生産・販売中止の理由は、おそらく、日本国内における、1990年代中期頃からの、若者を中心をした、小型のSUVブーム(小型のSUVの流行)による、需要の減少です。
以下、基本的に、去年の8月の後半に行った、「高中正義・アグネスラム他」という投稿の再掲です。
以下、比較的最近行った、以下の投稿から抜粋して来た物です。
太陽族(50年代の若者文化)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3841050?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。この時(君たちはどう生きるか(The Boy and the Heron)を見た時)、下高井戸(shimotakaido)シネマ(cinema)に置いてあったチラシ(leaflet)の中から。。。
神保町(jinboucho)シアター(theater)で、8月17日から8月23日の夜に上映される、アグネス・ラム(Agnes
Lum)(1970年代中期から後期に、日本で、活躍していた、ハワイ(Hawaii)出身の、水着モデル(model)。下の補足説明を参照)の映像作品の案内。
アグネス・ラム(Agnes
Lum):説明は、wikiを参考にしました。1956年生まれ。ハワイ(Hawaii)出身(父は、中国系アメリカ人、母は、イングランド(England)、アイルランド(Ireland)、ポルトガル(Portugal)、ハワイ(Hawaii)先住民のルーツを持つアメリカ人)。ハワイ(Hawaii)で、ハイスクール(high
school)在学中から、モデル(model)として活動し、ハワイ(Hawaii)で有名となる。1974年5月に、ミス・ハワイUSA(Miss
Hawaii
USA)で優勝するが、主催者側が、要求する年齢の必要条件を満たしていないとして取り消される。その後、1970年代中期から後期に、日本で、水着モデル(model)として活躍する。
ちなみに、アグネス・ラム(Agnes Lum)が、(日本で)活躍していた当時、私は、まだ、赤ちゃん(baby)位の年齢だったので、私は、リアルタイムで、テレビ・雑誌・広告等で、アグネス・ラム(Agnes Lum)を見た記憶はありません。
動画は、借り物。アグネス・ラム(Agnes Lum)出演の、1976年頃の、トヨタ(toyota)(日本の大規模自動車会社の一つ。日本最大の自動車会社且つ世界最大級の自動車会社)の、若者向けの、大衆自動車、トヨタ(toyota)Sprinterの、日本の、テレビCM。
以上、基本的に、比較的最近行った、「太陽族(50年代の若者文化)他」と言う投稿から抜粋して来た物でした。
スイート・アグネス 高中正義 1976
Sweet Agnes Masayoshi Takanaka
SWEET AGNES 高中正義