以下、「以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。」と言う文までは、基本的に、前回の投稿と重複します。前回の投稿を、ご覧になった方は、飛ばして下さい。
12月の第一日曜日(以下、この日と書きます)は、(前日に、我が家に泊まった彼女と、夜更かしをし)、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後、彼女と、(私が暮らす)渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置する区)の南部に位置する、代官山(daikanyama)areaにある、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅に散歩に訪れました(この日は、地下鉄・通勤電車(電車)で出掛けました)。ちなみに、我が家は、渋谷(shibuya)区の中北部(静かで落ち着いた住宅地になっています)にあります。
東京中心部(東京23区)の西部に位置する渋谷(shibuya)区(私が暮らす区)の南部は、商業地&高級住宅地と言った感じになっています。渋谷(shibuya)区の南部には、(東京最大級の繁華街の一つである)渋谷(shibuya)駅周辺、(東京の主要な繁華街の一つである)原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)(渋谷(shibuya)駅周辺と、原宿(harajyuku)・表参道(omotesando)は、何れも、渋谷(shibuya)区の中部に位置する)に次ぐ、渋谷(shibuya)区第三の繁華街、恵比寿(ebisu)がありますが、(恵比寿(ebisu)は)、それ程、大きな繁華街ではありません。渋谷(shibuya)区の南部は、代官山(daikanyama)area、恵比寿(ebisu)area、広尾(hiro)areaによって構成されています(概ね、西から順番に、代官山(daikanyama)、恵比寿(ebisu)、広尾(hiro))。代官山(daikanyama)、広尾(hiro)は、高級住宅地となっています。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)は、高級住宅地とは言っても、豪邸(大規模な邸宅)が建ち並ぶと言った程の雰囲気ではなく、マンション(アパート)も、それ程、居住面積が広くない物件も多いですが、住宅価格や、マンション(アパート)の家賃が、とても高い為に、暮らしている人々の平均収入が高く、高級住宅地となっている感じです。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)の住人は、マンション(アパート)暮らしの、小金持ち・中金持ちの若い層や欧米企業の駐在員、外国大使館の職員等も、多い印象です。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)には、東京を代表する様な高級レストランも点在しています。代官山(daikanyama)と広尾(hiro)は、一応、商業地区と言えなくもないですが、特に代官山(daikanyama)は、まとまった繁華街を形成すると言うよりは、レストラン、cafe、洒落た店等が、住宅街に溶け込んで存在していると言う感じです。
代官山(daikanyama)areaにある、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、1919年に建てられた、日本伝統式の邸宅で、元々、政治家の邸宅であった物です。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、大正(taisho)時代(1912年から1926年)に建てられた、日本伝統式の邸宅の姿を現在に伝える文化的資料として、現在は、日本の文部科学省が所有し(前に、投稿で、渋谷(shibuya)区が所有と書きましたが、間違えでした)、渋谷(shibuya)区が、保存・管理し、一般に公開されています。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、2008年に、公開が開始されました。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、今回、訪れたのは、2回目でした(最初に、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅に、訪れたのは、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅が公開開始されてから、それ程、経っていない2010年。ちなみに、私は、古い建物に興味があります)。彼女(私の今の彼女)は、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、今回、初めて、訪れました。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、東京府議会議長や渋谷(shibuya)区議会議長を歴任した、日本の政治家、朝倉 虎治郎(asakura torajiro)によって、1919年に建てられた物です。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、敷地面積は、約5,420平方m(約1,640坪)あります。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物は、1919年に建てられた、日本伝統式の建物で、大正(taisho)時代(1912年から1926年)に建てられた、日本伝統式の邸宅の姿を現在に伝える文化的資料となっています。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の敷地の木々の紅葉は、この時、完全に見頃の時期と言った訳ではありませんでしたが、紅葉を楽しめました(紅葉時期に、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅を訪れたのは、今回が初めてでした)。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
都心に残る古い政治家の邸宅 前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/4005968?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の続きです。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物の外観及び、庭の風景例(旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅は、敷地面積は、約5,420平方m(約1,640坪)あります)に関しては、すぐ上でリンクを付けた、前回の投稿を参照して下さい。
写真以下48枚。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物(1919年に建てられた、日本伝統式の邸宅の建物です)の内部の例です。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物の間取り図。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の敷地内には、貴族や財閥の邸宅と異なり、日本伝統式の邸宅の建物の他に、西洋式の邸宅の建物が建てられる事はありませんでした。貴族や財閥と異なり、大勢の来客を招いて、大規模な西洋式のパーティー(party)を催す必要がなかったからです(旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の説明文を参考にしました)。
写真以下2枚。旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅の建物は、基本的に、日本伝統式の邸宅の建物ですが、一部、西洋式が取り入れられています。これは、玄関の、すぐ横にある、西洋式の部屋で、来客への応対、執事の事務の為の部屋として使われていました。日本では、1910年代頃から1930年代頃にかけて、この様な、一部西洋式を取り入れた、中上流(upper-middle)層の日本伝統式の邸宅の建物が、たくさん建てられました(日本では、まだ、第2次世界大戦前の格差社会の名残があった1960年代頃までは、この様な、一部、西洋式を取り入れた、かつての中上流(upper-middle)層の日本伝統式の邸宅の建物が、結構、たくさん残っていた様です)。まあ、現在の日本では、逆で、富裕層の一戸建て住宅・マンション(アパート)も庶民層の一戸建て住宅・マンション(アパート)も、基本的に西洋式で、一部、日本伝統式の畳敷きの部屋を設けると言った形が、主流だと思いますが。。。
中庭(邸宅の建物内から見た中庭)。
旧(かつての)朝倉(asakura)家住宅を訪れた後は、散歩しながら、代官山(daikanyama)areaと恵比寿(ebisu)areaの中間にある(代官山(daikanyama)駅、恵比寿(ebisu)駅、何れの駅からも徒歩5分の場所にある)、ケーキ(cake)・西洋菓子店に行き、お菓子と、この日の夕食の、デザート(dessert)用の、ケーキ(cake)を買ってから、我が家に帰りました。
彼女と我が家で食べた、この日の夕食の、メイン(main)料理は、前に、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)でアップした、取り寄せた、鹿児島(kagoshima)県(九州(kyusyu)(日本の南部)の南部に位置する県。鰻の主要な産地の一つとなっている)産の、鰻を使って(全部で、6パック(一人3パック)使いました)、鰻重(鰻丼)にして食べました(ちなみに、私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)です)。
ベトナムの伝統料理他色々→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/4004287?&sfl=membername&stx=nnemon2
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。ちなみに、彼女と我が家で食べた、この前日の夕食時も、この日の夕食時も、野菜サラダ(salad)(手作り)を食べました。
「我が家には、常時、概ね、3、4種類の(少なくとも3種類の)、ドレッシング(dressing)を買って使えるように用意しています(特に、どのドレッシング(dressing)とか決まっている訳ではありません)。
我が家の、普段の、朝食又は(休みの日の)遅い朝食兼昼食は、パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt)と言った内容であり、又、我が家で、夕食を食べる時は、野菜サラダ(salad)を食べる事が、多い事から、我が家の、ドレッシング(dressing)の、需要は、大きいです。」
写真以下。この日の夕食の、デザート(dessert)。この日、代官山(daikanyama)areaと恵比寿(ebisu)areaの中間にある、ケーキ(cake)・西洋菓子店(以下、このケーキ(cake)・西洋菓子店と書きます)で買って来た、ケーキ(cake)。何れも、彼女主体で、彼女と選んだ物で、何れも、2人で分けて食べました。ちなみに、この時、このケーキ(cake)・西洋菓子店では、彼女に、(彼女が選んだ、我が家の隣の区の彼女の一人暮らしのマンション用の)焼き菓子を買ってあげると共に、我が家で、彼女と食べる用の、焼き菓子も買いました。
このケーキ(cake)・西洋菓子店は、店員さん達の感じも、とても良く、良い店です。
以下、後から追加した内容です。
このケーキ(cake)・西洋菓子店の動画に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
狂騒の20年代・西洋菓子店→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/4006584?&sfl=membername&stx=nnemon2
以上、後から追加した内容でした。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、私の前の投稿より、このケーキ(cake)・西洋菓子店の、ケーキ(cake)を含む投稿。
寿司の歴史他(この投稿では、このケーキ(cake)・西洋菓子店の事を、恵比寿(ebisu)のケーキ(cake)店と書いています)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/4005635?&sfl=membername&stx=nnemon2
このケーキ(cake)・西洋菓子店は、恵比寿(ebisu)の本店(代官山(daikanyama)areaと恵比寿(ebisu)areaの中間にある)の他、中野(nakano)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区。(私が暮らす)渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の北部に隣接する区)に支店(通勤電車(電車)の、中野(nakano)駅周辺(中野(nakano)区で、最大の繁華街)からは、少し離れた場所にある)があります。
写真以下3枚。モンブラン(Mont Blanc)。
写真以下、タルトフレーズ(苺のタルト(tart))。
この日も、彼女は、我が家に泊まり、この翌日(12月の第二月曜日。以下、この日と書きます)は、私は、自宅(我が家)に持ち込んだ仕事と、職場(事務所)に顔を出しての仕事の併用と言った感じで、彼女は、在宅勤務で大丈夫で、朝食(内容は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt))と同じ内容でした)を食べた後、彼女を車で、我が家の隣の区の彼女の一人暮らしのマンションに送りました。
ちなみに、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅と、(東京都心部の)私の職場(事務所)の最寄り駅は、地下鉄で4駅(運賃は、初乗り運賃(178円))、我が家の玄関から職場(事務所)の玄関まで(通勤時間は)、30分位です。
以下、参考の投稿。
100年の歴史を有する銀杏並木他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3755455/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
ちなみに、この日は、車で、出勤しました(職場に出ました)。
以下、最近の投稿。
コロンバン(歴史のある西洋菓子店)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/4005641?&sfl=membername&stx=nnemon2