ベトナムで戦った日本兵600人
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO13304510U7A220C1CR8000/日本経済新聞 2017年2月24日
「封印の歴史」元日本兵の貢献、ベトナムで認知の動き

ベトナムで敗戦を迎えた元日本兵が、ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟(ベトミン)に参加、独立を目指してフランスと戦った抗仏戦争(第1次インドシナ戦争、1946-54年)を共に戦ったことを公に認知する動きがベトナム国内で出ている。
元日本兵の存在はベトナムでは「封印された歴史」だったが、ハノイ大で昨年、研究会が2度開かれたほか、複数のベトナム紙も元日本兵の貢献を大きく報じた。8月7日付のベトナム紙ティエンフォンは「ホーおじさん(ホー・チ・ミン)の兵士になった日本兵」の見出しで日本兵が教官を務めたベトナム初の陸軍士官学校元幹部の手記を大きく掲載。
「近代的な軍に変わろうとしていたベトミン軍には日本兵の支援が必要だった」などと指摘し、ベトミンに大量の武器を供与した井川省(いがわ・せい)少佐や陸軍士官学校教官の中原光信(なかはら・みつのぶ)少尉、石井卓雄(いしい たくお)ら功績のあった元日本兵数人を実名で報じた。
抗仏戦争で多くの元日本兵が死亡し、「革命烈士」の称号を贈られた人がいることも紹介した。
ベトミンに参加した元日本兵は約600人-800人。
元日本兵は「新ベトナム人」と呼ばれ、ベトミン軍に軍事訓練などを指導して共に戦い、日本兵は軍事顧問や教育係として、武器の修理、兵士の訓練、戦術指導を行い、ベトミンの勝利に大きく貢献した。約半数が戦病死したとみられている。
54年のジュネーブ協定締結により抗仏戦争が終結した後、150人以上が日本に帰国した。
「抗仏戦を有利に展開する決定的な役割を日本兵が果たしたことを歴史として残さなければならない」と述べ、ベトナムに資料館をつくる活動を進めている。 戦後、ベトナムと日本の縁を繋ぐ存在として、その史実は「私の父もそこにいた」などの映画や書籍で語り継がれている。
似たような戦後を生きた日本兵としては、対オランダ独立戦争に参加したインドネシア残留日本兵の存在が知られている。
インドネシアでは、戦後、約1000名の日本兵が残留した。そして、オランダ軍による再植民地化に抵抗するために、独立戦争をインドネシア軍と共に戦ったという。その理由には個々の必然性がある。とある本によれば、大東亜戦争の大義を1000名それぞれが自分ひとりだけでも任務を遂行しようとした人々であるとされる。
https://kilala.vn/van-hoa-nhat/nguoi-viet-nam-moi-goc-nhat.html