深作 欣二(fukasaku kinji)(1930年生まれ。2003年に亡くなる)は、1960年代初め頃から亡くなる近くまで(2000年代初め頃まで)活躍していた、日本の映画監督です。
深作 欣二(fukasaku kinji)は、日本の、世界的に影響力のある、映画監督の一人で、クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)とジョン・ウー(John Woo)は、深作 欣二(fukasaku kinji)の事を崇拝している事を明言している様です。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、深作 欣二(fukasaku kinji)の監督作品です。
吉永 小百合(yoshinaga sayuri)(1945年生まれ)は、1950年代後期から活動を行い、1960年代初めから現在まで活躍している、日本の女優です。
吉永 小百合(yoshinaga sayuri)は、「華の乱」(1988年の、日本の映画)において、晶子(akiko)(主人公)の、役を演じています。
松田 優作(matsuda yusaku)(1949年生まれ。1989年に、病気(癌)により、40歳の若さで亡くなる。身長185cm)は、1970年代初めから、亡くなる近くまで活躍していた、母親が、韓国系の、日本の俳優です(母親は、父親の浮気相手で(妻以外に交際していた女性で)、松田 優作(matsuda yusaku)の父親は、松田 優作(matsuda yusaku)の母とは別に、(正式な)妻と子供がいたが、松田 優作(matsuda yusaku)の父親は、松田 優作(matsuda yusaku)が、生まれて、すぐに亡くなった。松田 優作(matsuda yusaku)の父親は、身長、180cm近い、当時の男性としては、かなりの長身であった。wikiを参考にしました)。
松田 優作(matsuda yusaku)は、「華の乱」(1988年の、日本の映画)において、有島(arishima)の役を演じています。
松坂 慶子(matsuzaka keiko)(1952年生まれ)は、1960年代後半頃から活動を行い、1970年代初め頃から活躍している、父親が韓国系の、日本の女優です。ちなみに、松坂 慶子(matsuzaka keiko)は、長い間、深作 欣二(fukasaku kinji)の愛人(妻以外に、交際している女性)であった様です。
松坂 慶子(matsuzaka keiko)は、「華の乱」(1988年の、日本の映画)において、須磨子(sumako)の役を演じています。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、140分近い、大作の映画ですが、深作 欣二(fukasaku kinji)の監督作品としては、大人しい(穏やかな・平凡な・普通の)映画です。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、永畑 道子(nagahata michiko)(1930年生まれ。2012年に亡くなる。日本の、女性、小説家・女性史家・ノンフィクション(non-fiction)作家)の、小説、「華の乱」(1988年)と、「夢のかけ橋」(1985年)を原作とした映画です。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)の、登場人物の名前の、多くが、実在する人物の名前から取られていますが、「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、あくまで、完全な、フィクション(fiction)の、人間ドラマ映画(人間関係を描いた映画)・恋愛映画です(「華の乱」(1988年の、日本の映画)の、最初(冒頭)にも、この映画は、フィクション(fiction)であると言う文が出て来ます)。
現在、「華の乱」(1988年の、日本の映画)が、you tubeで、期間限定で(4月10日の21時から4月24日の21時まで)、公式で、公開されています。
現在、you tubeで、期間限定で(4月10日の21時から4月24日の21時まで)、公式で、公開中の、「華の乱」(1988年の、日本の映画)(フル映画)→
https://youtu.be/a4vBxaSwBeo?si=ZiXbi4mh6S5QKAN9
ちなみに、すぐ上でリンクを付けた動画において、映画が始まる前に、東映(toei)太秦(uzumasa)映画村(下の補足説明を参照)の、CM(広告)が流れますが、実際の人を使った実写動画ではなく、AIによって作成された、AI動画ですね(まだ(現時点における、AIの技術では)、実写の動画とAIによって作成された動画、実際の人と、AIによって作成された人の、見分けはつきます(見分ける事が出来ます))。現在においては、大企業・しっかりとした企業でも、広告に、AIによって作成された動画を使うようになって来ていますね。
東映(toei)太秦(uzumasa)映画村:京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市。794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の伝統文化の中心都市)にある、東映(toei)(日本の、大規模、映画会社の一つ)の、主に、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)を舞台(舞台設定)とした映画・テレビのドラマ(drama)の撮影所(1925年に、オープン(open))、及び、東映(toei)が運営する、主に、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)をテーマとした、テーマパーク(theme park)(1975年に開業)。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、学生(大学生)の頃、レンタルビデオ店で、ビデオを借りて(時代を感じさせますねw)、見ましたが、ほとんど、忘れてしまっていたので、今週の日曜日に、改めて、我が家のテレビで、彼女と、「華の乱」(1988年の、日本の映画)を見てみました(彼女は、「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、今回、初めて見ました)。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)、改めて見たら、退屈で、今一つの映画でした(学生(大学生)の頃に、この映画を、見た時は、たぶん、もっと(今よりも相対的に)良い映画だと思い、もっと(今よりも相対的に)、この映画を楽しんだと思いますが、私の映画を見る目が肥えたのかな?w)。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、文学的な映画作品であるとも言えますが、欲張って、エンターテインメント(entertainment)的な要素も盛り込んでいる為(まあ、商業的な事を考えたら、仕方ないと思いますが)、中途半端な映画となってしまい(文学作品としては、心理描写・人間関係描写・恋愛描写、話(ストーリー)(の繊細さ)等が、大雑把で、作り込みが物足りない)、出来の悪い、文学作品的な映画になってしまっていると言った感じです。
この映画(「華の乱」(1988年の、日本の映画))において、須磨子(sumako)(松坂 慶子(matsuzaka keiko)が演じる)は、「登場人物として必要なのかな?」と思いました。
なんか、強引に、須磨子(sumako)を登場人物として割り込ませたと言う感じもあり、この映画は、松坂 慶子(matsuzaka keiko)が、監督の、深作 欣二(fukasaku kinji)の愛人(妻以外に交際してる女性)であった時期と重なるのかどうかは分かりませんが、深作 欣二(fukasaku kinji)は、コネで、松坂 慶子(matsuzaka keiko)を、この映画に出演させる為に、松坂 慶子(matsuzaka keiko)が演じる為の、須磨子(sumako)と言う登場人物を強引に入れたのではないかとも、何となく、疑ってしまいます(間違っていたら、申し訳ありませんが)。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)において、抱月(hogetsu)が、インフルエンザ(influenza・flu)で、急死し(急に亡くなり)、須磨子(sumako)を慰める会の最中に、須磨子(sumako)が、発狂し、気絶する場面において、須磨子(sumako)を演じる、松坂 慶子(matsuzaka keiko)の、長々とした、一人芝居の、大袈裟な演技に、ちょっと、うんざりしてしまいました。
「華の乱」(1988年の、日本の映画)は、登場人物として、須磨子(sumako)を省略し、その分、相対的に、時間の短い、すっきりとした映画にする、又は、時間は、そのままで、有島(arishima)と、波多野(hatano)の関係の描写を、もっと、力を入れて、丁寧に描く(もっと、晶子(akiko)、有島(arishima)、波多野(hatano)の、3人の、心理や人間関係・恋愛関係を主軸とした映画にする)方が、ずっと、良い映画になったのかもしれないと思いました。
以下、記憶頼りなので、細かい部分において、間違っている点があったら、申し訳ありませんが、「華の乱」(1988年の、日本の映画)の、主要な登場人物の説明と、あらすじです(wiki等も、参考にしました)。ネタバレを含みます。
「華の乱」は、1901年から1923年(主として、1923年)の、日本(主として東京)を舞台とした映画です。
晶子(akiko):主人公。女性の詩人。吉永 小百合(yoshinaga sayuri)が演じる。
寛(hiroshi):詩人。晶子(akiko)の夫。滝野(takino)(寛(hiroshi)の前の妻)の家が、寛(hiroshi)の仕事を否定し(滝野(takino)の実家(滝野(takino)の両親(裕福))は、寛(hiroshi)の主催する、詩の雑誌の、発行資金の援助を行って来たが、元々、寛(hiroshi)の、詩人と言う、職業を、良く思っておらず、終に、寛(hiroshi)に、妻(滝野(takino))を取るか、詩を取るかの選択と決断を迫る)、離婚(滝野(takino)と離婚した事により、滝野(takino)の実家(滝野(takino)の両親)からの、寛(hiroshi)の主催する、詩の雑誌の、発行資金の援助は、絶たれる)。晶子(akiko)と再婚する。
滝野(takino):寛(hiroshi)の前の妻。寛(hiroshi)の主催する、詩の雑誌(事務所は、東京にある)の編集者をしている。
登美子(tomiko):女性。若い頃、晶子(akiko)と共に、寛(hiroshi)の詩の生徒で、晶子(akiko)と共に、寛(hiroshi)に詩を学んでいた。晶子(akiko)の、若い頃の親友で、晶子(akiko)同様、寛(hiroshi)の事が好きで、寛(hiroshi)に対する、晶子(akiko)の、恋のライバル(rival・競争相手)。
有島(arishima):小説家。松田 優作(matsuda yusaku)が演じる。実家が、地主系の、富裕層で、親の資産を受け継いで、元々、裕福。父は、既に亡くなっているが、東京都心の実家の邸宅で、母と同居している。妻は、2年前に亡くなっている。病気で亡くなった妻との間に、男の子供が2人いる。晶子(akiko)は、有島(arishima)の亡くなった妻に、容姿が、そっくりである(容姿が、とても、よく似ている)。須磨子(sumako)(後述します)を慰める会の発起人の一人。(国際アナーキスト(anarchist)集会が行われるフランスに渡る)大杉(oosugi)(後述します)に、旅費を出す。
大杉(oosugi):無政府主義者(anarchist)。革命を目指している。無政府主義を唱える事から警察に追われているが、刑務所に入るたびに1ヶ国語を覚える。習得した外国語は英語の他、ロシア語、フランス語、スペイン語、イタリア語、エスペラント語(Esperanto)。警察の目を逃れるために、(知人である)有島(arishima)の邸宅に逃げ込んだ時、晶子(akiko)と知り合う。その後、晶子(akiko)の家にも、逃げ込む。晶子(akiko)の詩の大ファン(熱心なfan)。大杉(oosugi)は、有島(arishima)曰く、「本物のインテリ(本物の知識人)にして、本物の革命家。真夏の太陽のような男」。東京の、スラム街(slum)で、妻(野枝(noe))、妻(野枝(noe))との間の、まだ、赤ちゃん(baby)の、子供と暮らしている。
和田(wada):大杉(oosugi)の同志。
古田(furuta):大杉(oosugi)の同志
野枝(noe):大杉(oosugi)の妻。大杉(oosugi)とは再婚。夫(大杉(oosugi))の思想に共鳴し、夫(大杉(oosugi))と、非常に貧しく暮らしながらも、夫(大杉(oosugi))及び、夫(大杉(oosugi))の同志の活動を熱心に支援する。別れた、前の夫(虚無僧(托鉢する仏教の僧)の姿をした、門付(家々の玄関で、歌や楽器の演奏や芸を披露して、お金を貰う職業の者))との間に、子供(男の子供)が一人いる。別れた、前の夫との間の、子供は、別れた、前の夫(以下、前の夫と書きます)が引き取ったが、(前の夫との間の、子供は)、前の夫と共に、浮浪者(ホームレス(homeless)の人)同然の生活をしている。
須磨子(sumako):舞台女優。松坂 慶子(matsuzaka keiko)が演じる。劇場で、沢田(sawada)(後述します)と「復活(Resurrection)」を演じるが、演技について、沢田(sawada)と口論になる。抱月(hogetsu)(後述します)が、インフルエンザ(influenza・flu)で、急死し(急に亡くなり)、須磨子(sumako)を慰める会の最中に、発狂し、気絶する。後日、首吊り自殺をする。有島(arishima)は、須磨子(sumako)無しには、日本の、近代演劇は考えられないと評価。
抱月(hogetsu):脚本家。須磨子(sumako)を、近代演劇の女優に育てる。須磨子(sumako)にとって、抱月(hogetsu)は、自分と一心同体のような存在だった。
沢田(sawada):舞台俳優。「復活(Resurrection)」で、須磨子(sumako)の相手役を演じる。公演終了後、須磨子(sumako)と口論になり、須磨子(sumako)を目立ちたがり屋と批判する。
参考に、芸者(geisha)は、舞踊等で、客をもてなす、日本の、古くからある、伝統的な職業の、女性です。芸者(geisha)は、外国では、混同される事もありますが、遊女(yuujyo)(日本の、伝統的な、売春婦)とは、あくまで、区別されます。遊女(yuujyo)は、売春婦であるのに対し、芸者(geisha)は、宴会(party)の席等で、客をもてなす、日本の、伝統的な職業の、女性です(愛人関係等、客と、男女(男と女)の関係等になる事はあるが、それは、芸者(geisha)としての職業の範囲外での話です)。
芸者(geisha)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
芸者(geisha)・舞妓(maiko)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3856449/page/17?&sfl=membername&stx=nnemon2
波多野(hatano):名前が、秋子(akiko)で、主人公(晶子(akiko))と、漢字は異なるが、読み方が同じなので、紛らわしいので、名字の、波多野(hatano)の方で書きます。東京の、芸者(geisha)の娘(母親(おそらく未婚)は、東京の、芸者(geisha))。女性の、雑誌の記者で、「婦人公論」(婦人(fujin)公論(kouron))(下の補足説明を参照)の記者をしている。不倫(結婚しているのに夫以外の男性と交際する事)をしており、有島(arishima)と交際している。(夫の)春房(harufusa)(秋子(akiko)の事を見下している)に良く扱われず、人形として扱われている。楽しそうに、はしゃぐ、晶子(akiko)と、有島(arishima)を見て、以前から、自分と有島(arishima)は、「死」を考えることで結ばれていた事に気がつくが、有島(arishima)の北海道(hokkaido)(日本の最北端)での出来事(後述する、あらすじを参照)が引き金となりと、有島(arishima)と自殺を遂げる。その事を、後に、晶子(akiko)への遺書にしたためる。
「婦人公論」(婦人(fujin)公論(kouron)):1916年から発行されている、110年の歴史の、日本の、主婦・大人の女性向けの雑誌。現在も発行され続けている、日本の、主婦・大人の女性向けの雑誌の中で、婦人之友(婦人の友)、「婦人画報」(婦人(fujin)画報(gahou))に次いで、3番目に、古い雑誌
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、「婦人公論」(婦人(fujin)公論(kouron))等に関する参考の投稿。
旧「主婦の友」社の本社ビル他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3929215/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
春房(harufusa):波多野(hatano)の夫。裕福であるが、性格は、最悪。芸者(geisha)であった、秋子(akiko)を引き取り、大学まで、卒業させた。秋子(akiko)の事を、人形、英語も喋れる人形も、中々、良い物だと言った感じの事を言い、秋子(akiko)を、侮辱するが、有島(arishima)と秋子(akiko)が一緒に自殺してから、自分は、浅はかだったと後悔する。
奈津子(natsuko):若い、女性。晶子(akiko)の、書生(syosei)(家賃を払わずに、他人の家に住まわせて貰う代わりに、簡単な家の手伝いを行いながら、勉強に励む学生)。(おそらく)詩人を目指しており、晶子(akiko)の家に住み込み、晶子(akiko)の、詩人としての仕事のアシスタント(助手)をしている。
以下、「華の乱」(1988年の、日本の映画)の、大雑把な、あらすじです。
舞台は、1901年の、京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市。794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった大都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)。晶子(akiko)は、(詩の先生である)寛(hiroshi)に恋をし、一人で、寛(hiroshi)に会うために、親友であり、恋のライバル(rival・競争相手)である、登美子(tomiko)(晶子(akiko)と同じ、寛(hiroshi)の詩の生徒で、晶子(akiko)と同様、寛(hiroshi)の事が好きである(寛(hiroshi)に恋をしている))に嘘をつき、寛(hiroshi)に会い、寛(hiroshi)とエッチする(寛(hiroshi)と肉体関係を持つ)。晶子(akiko)は、寛(hiroshi)との、恋愛・エッチ(肉体関係)を題材に、詩を書く。
晶子(akiko)は、寛(hiroshi)とエッチして(寛(hiroshi)と肉体関係を持って)、一か月後、寛(hiroshi)に会いに、京都(kyoto)から、東京の、寛(hiroshi)の主催する、詩の雑誌の事務所に行ったが、そこには、寛(hiroshi)が別れたと言っていた、寛(hiroshi)の妻、滝野(takino)がいた。滝野(takino)は、寛(hiroshi)との、恋愛・肉体関係を題材にした、晶子(akiko)の詩を、猥雑だと酷評し、寛(hiroshi)の女癖の悪さを(寛(hiroshi)が、女性が好きで、見境なく、多くの女性と、交際・エッチするタイプの男性である事を)、晶子(akiko)に警告し(その場にも、寛(hiroshi)の、詩の生徒であり、寛(hiroshi)の愛人である(寛(hiroshi)が、妻以外に交際している女性の)、2人の、若い女性がいた)、滝野(takino)は、寛(hiroshi)の事は、もう、うんざりだと言った感じで出て行った。あまりの事に(晶子(akiko)は、滝野(takino)が、その場にいる事も、寛(hiroshi)が、(少なくとも)、2人の、若い女性の、愛人(妻以外に交際している女性)がいる事も知らなかった)、動揺し、悲しみ、怒った、晶子(akiko)は、出て行こうとするが、(それに対して動揺・興奮した)寛(hiroshi)が、晶子(akiko)の頬を叩く。晶子(akiko)は、「親にも叩かれた事がないのに」と言って、寛(hiroshi)を突き飛ばす。寛(hiroshi)は、それに対して、怒って、晶子(akiko)を追い回している内に、気絶した(寛(hiroshi)は、脈拍が40しかない異常体質であり、カッとなる(怒る)と気を失う)。(意識を取り戻した)寛(hiroshi)と、晶子(akiko)は、仲直りし、寛(hiroshi)と、晶子(akiko)は、結婚する(晶子(akiko)は、後に、寛(hiroshi)との間に11人の子供を儲ける)。
しかし、晶子(akiko)は、(晶子(akiko)が、(寛(hiroshi)が主催する)詩の雑誌に発表した、寛(hiroshi)との、恋愛・肉体関係を題材にした詩と相俟って)、寛(hiroshi)の事を、性的に(肉体的に)誘惑し、寛(hiroshi)の、先妻(前の妻)(滝野(takino))を追い出した、淫らな悪女(悪い女)だと言う噂が近所に広まり、近所の住人から冷たい視線で見られる。しかし、それが、逆に、晶子(akiko)に、周囲に(他人に)、どう思われようと、自分の生きたいように生きる勇気を与えた。
1904年、晶子(akiko)が、日露戦争(下の補足説明を参照))の反戦の詩を書いて出版したと言う事で、近所の、過激な保守派の人々に、家が襲撃され、家に火をつけられるが、逆に、その事により、晶子(akiko)の知名度が上がり、晶子(akiko)は、詩人として人気を得るようになった。
日露戦争:1904年から1905年にかけて行われた、日本と、ロシア(Russia)との間の戦争。日本が実質的に勝利した。海軍戦(海での戦い)においては、日本の海軍は、(当時、世界最強の艦隊の一つと言われた)ロシア(Russia)のバルチック艦隊(Baltic Fleet)と戦い、圧倒的な勝利を収めたが(この戦いの勝利は、この戦争の、日本の、実質的な勝利を決定づける、重要な要因の一つとなりました)、中国を舞台とした、地上戦(陸軍同士の戦い)においては、激戦となり、日本は、辛うじて、勝利したものの、ロシア(Russia)軍、日本軍、双方に、多くの犠牲者(戦死者)が出た。
しかし、やがて、寛(hiroshi)は、自分が主催する、詩の雑誌を続ける資金を欠き、詩人仲間達にも、見捨てられ、とうとう鬱病になり、廃人のように、日々を過ごす事となる。
1923年、晶子(akiko)(男は、夫、一人しか知らないが(夫との恋愛経験しかないが)、恋愛、詩人と呼ばれている)は、39歳になり、夫との間に、11人の子供を儲けていた(家では、住み込みの、中高年(中年と高齢者の間の年齢)の女中(maid)を一人雇っている。また、家には、書生(syosei)(家賃を払わずに、他人の家に住まわせて貰う代わりに、簡単な家の手伝いを行いながら、勉強に励む学生)の、若い女性、奈津子(natsuko)(おそらく詩人を目指し、晶子(akiko)の家に暮らしながら、晶子(akiko)の詩人としての仕事のアシスタント(助手)をしている)がいる)。(夫の)寛(hiroshi)は、鬱病が酷く、昼間から、酒を、たくさん飲み、無気力そのものである。寛(hiroshi)は、無職の状態で、家族(寛(hiroshi)と晶子(akiko)の家族)は、晶子(akiko)が養っている(晶子(akiko)の、詩人としての収入だけで暮らしている)。晶子(akiko)の夫(寛(hiroshi))に対する愛は、既に、冷めていた。
そんな、日々の中、晶子(akiko)は、「復活(Resurrection)」(演劇)の観劇に招待され、奈津子(natsuko)と、劇場に、劇を見に訪れる。
「復活(Resurrection)」(演劇)の終演後、大杉(oosugi)(無政府主義者(anarchist)。革命を目指している)は、人々の注目を集める為、劇場の前で、思想・行動・精神の自由(過激な思想を取り締まる法案の反対)を、同志である、和田(wada)、古田(furuta)と共に、人々に、訴え、駆けつけた警察と乱闘騒ぎとなる。
そこへ、有島(arishima)(小説家)と、波多野(hatano)(女性の、雑誌の記者。既婚者であるが(夫がいるが)、密かに、有島(arishima)と交際している)が、バイク(motorcycle)で乱入し、晶子(akiko)が、怪我をしたことから、有島(arishima)は、晶子(akiko)と知り合う。
後日、晶子(akiko)の家に、三越(Mitsukoshi)デパート(下の補足説明を参照)から、有島(arishima)からの贈り物と共に、(有島(arishima)から晶子(akiko)宛ての)、お詫びの、手紙が届く。
三越(Mitsukoshi)デパート:三越(Mitsukoshi)は、日本で最もbrand力のある、デパートchainの一つで、1673年に、東京で創業しました。日本橋(nihonbashi)area(東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する)は、江戸(edo)時代(17世紀)から、東京を代表する一等商業地です。日本橋(nihonbashi)areaにある、三越(Mitsukoshi)の本店(以下、三越(Mitsukoshi)、日本橋(nihonbashi)店と書きます)は、東京を代表する高級デパートの一つとなっています。三越(Mitsukoshi)、日本橋(nihonbashi)店は、時代に合せて建物を建て替えてはいるものの、17世紀から、同じ場所で営業を行っています。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、三越(Mitsukoshi)、日本橋(nihonbashi)店に関する参考の投稿。
日本橋・歴史のあるデパート他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3913019/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
晶子(akiko)は、有島(arishima)に、そこまでされる必要はないと、有島(arishima)の邸宅に、有島(arishima)からの贈り物を返しに行く。そこで、晶子(akiko)は、大杉(oosugi)、和田(wada)と知り合う(大杉(oosugi)は、晶子(akiko)の、大ファン(fan)だと言う)。
有島(arishima)は、実家が、地主系の、富裕層で、親の資産を受け継いで、元々、裕福である(父は、既に亡くなっているが、東京都心の実家の邸宅で、母と同居している)。有島(arishima)の妻は、2年前に亡くなっている。有島(arishima)は、病気で亡くなった妻との間に、男の子供が2人いる。晶子(akiko)は、有島(arishima)の亡くなった妻に、容姿が、そっくりである(容姿が、とても、よく似ている)。
後日、晶子(akiko)と、有島(arishima)は、互いの子供を交えて、遊びに出掛け、仲良くなる。有島(arishima)は、その当日に、晶子(akiko)に、「初めて会った時から、好きだ。愛している」と告白し、晶子(akiko)は、戸惑う。
そこに、波多野(hatano)が現れ(波多野(hatano)は、有島(arishima)の家を訪れ、有島(arishima)が留守だった事から、有島(arishima)の行き先を教えて貰って、来た)、有島(arishima)が、その場を離れている間に、晶子(akiko)は、波多野(hatano)から、有島(arishima)が、近頃、生きる意欲を失い、「いっその事、命がけの恋でもして、その熱い歓びの中で死んでしまいたい。」等と話している事を聞かされ、強い衝撃を覚えた。
晶子(akiko)も、有島(arishima)に惹かれ、有島(arishima)に恋をするようになる。晶子(akiko)にとって、不安なのは、いつも、有島(arishima)の側にいる(いつも、有島(arishima)の周辺にいる)、美人の、女性、記者の、波多野(hatano)の存在であった。
そんな中、(夫の)寛(hiroshi)が、故郷の、京都(kyoto)府(fu)(日本の47の都道府県(prefecture)の一つ。中心都市は、京都(kyoto))の田舎で、登美子(tomiko)(寛(hiroshi)と故郷が同じ)の叔父の推薦で、国会議員の選挙に立候補すると言う。登美子(tomiko)は、(結婚していたが)夫と離婚し、叔父(地元の、田舎の村の有力者)の家で暮らしていた。晶子(akiko)は、寛(hiroshi)に、「あなたは、詩人であり、政治家には向いていない」と反対する。
寛(hiroshi)の、故郷の京都(kyoto)府(fu)の田舎で、選挙期間中、寛(hiroshi)と、(寛(hiroshi)の国会議員の立候補に反対の)晶子(akiko)は喧嘩となり、晶子(akiko)は、選挙運動のサポート(支援)は、登美子(tomiko)に任せて、東京に帰る。
寛(hiroshi)は、選挙に落選し、東京に帰って来る。寛(hiroshi)は、(前から、病気を抱えていたが、選挙運動で、無理をし、血を吐いて倒れた)登美子(tomiko)の看病をする為に、登美子(tomiko)と一緒に暮らす(登美子(tomiko)と、2人で暮らす)と言い、家を出た(登美子(tomiko)は、叔父の家を追い出されたので、寛(hiroshi)が、登美子(tomiko)の為に、東京で家を借りた)。
晶子(akiko)は、(自殺した)須磨子(sumako)の葬式の席で、有島(arishima)に、一緒に、北海道(hokkaido)に行く事を誘われる。有島(arishima)は、北海道(hokkaido)に、父が残した、広大な農場を保有しているが、それを全部解放して、小作人(貧しい農民)達に、与えると言う。有島(arishima)は、きれい、さっぱりと、丸裸になれば(自分に何もなくなれば)、また、小説が書けるかもしれないし、そうなりたいと言う。
晶子(akiko)は、風邪で寝込んでいる子供達を家に置いて、北海道(hokkaido)に、行った。
北海道(hokkaido)で、有島(arishima)は、農場を、小作人(貧しい農民)達に、解放し、与えたが、晶子(akiko)が、有島(arishima)を誘惑し、2人が愛を交わそう(エッチしよう)とした瞬間、地元の村の、警察が、「有島(arishima)が、不法に集会を開き、小作人(貧しい農民)達を扇動した」と言う容疑で、有島(arishima)の農場の管理事務所となっている家に、踏み込んで来た。有島(arishima)の、小作人(貧しい農民)達への農場の解放は、地元の村の警察に、妨害され、小作人(貧しい農民)達は、警察に暴力を受けた一方、有島(arishima)は、警察の取り調べを受けただけであった。小作人(貧しい農民)達は、警察に、怯えて、有島(arishima)は、せっかく、小作人(貧しい農民)達に、農場を解放して、与えたのに、それが無意味となってしまった。自分の理想と自分の無力さのギャップ(乖離)に悲観した、有島(arishima)は、自殺未遂をする。
晶子(akiko)が、東京の家に、帰宅すると、(病気の子供達よりも、自分の恋愛を優先した)晶子(akiko)を、(病気のまま、ほったらかしにされた)子供達が、激しく非難した。登美子(tomiko)が病気で亡くなったので、寛(hiroshi)が、家に戻って来ていた。
有島(arishima)の軽井沢(東京圏周辺に位置する、別荘地・避暑地。東京圏及び東京圏周辺を代表する別荘地・避暑地の一つ)の別荘で、有島(arishima)と、波多野(hatano)が、一緒に、自殺した。
晶子(akiko)は、有島(arishima)の葬式で、春房(harufusa)(波多野(hatano)の夫)から、晶子(akiko)宛ての、波多野(hatano)の遺書を渡される。
波多野(hatano)から、晶子(akiko)への遺書には、2人の(波多野(hatano)と有島(arishima)の)、心情が記されていた。有島(arishima)(自分自身と自分の創作の限界を感じて、小説を書けなくなっており、自分の人生に行き詰って、自殺したいと考えていた)と、波多野(hatano)(元々、前から、自殺願望に取り憑かれていた)は、一緒に、自殺をする約束をしており、死を接点とした絆から、恋というよりも、互いへの労りの気持ちから、一緒に死ぬ事を前提に(一緒に自殺する事を前提に)交際していた。しかし、有島(arishima)は、晶子(akiko)と出会った事で、生と死の間を、さ迷っていたのであった。
関東大震災(1923年に東京areaを襲った巨大地震。東京都心部等が、非常に大きな被害を受けた)が、東京を襲った。自警団の若者達が、警察当局(警察)の発表によれば、東京市内(東京中心部)の各所において、社会主義者や無政府主義者に扇動された、韓国人(当時、韓国は、日本の統治下にあり、日本には、韓国人が、多く暮らしていた)達が、家に火を放ち、井戸に毒を入れ、爆弾等を投げて、暴動を起こしていると言う。心配そうな顔で、「先生、本当でしょうか?」と問う、奈津子(natsuko)に対し、晶子(akiko)は、「馬鹿な事を言うのではありません。デマ(虚偽の情報・fake news)に決まっています。」と言った。寛(hiroshi)も、「沈没して行く船の中で、鼠達が、気違いな(気が狂った)騒ぎを起こし始めたのだ。」と言った。関東大震災(1923年に東京areaを襲った巨大地震。東京都心部等が、非常に大きな被害を受けた)直後の混乱の中で、多くの社会主義者と韓国人が虐殺された。そんな、混乱の中、大杉(oosugi)と、野枝(noe)(大杉(oosugi)の妻)も、留置所内で、憲兵(日本軍(日本の陸軍)の警察。一般の警察とは異なる組織で、一般の警察と対立する事もあった)達の暴走により、虐殺された。寛(hiroshi)は、「何もかも、狂っている」と言う。瓦礫の中、憲兵(日本軍の警察)に、馬で引き回される、和田(wada)と古田(furuta)(大杉(oosugi)の同志)を目撃した、晶子(akiko)は、2人に(和田(wada)と古田(furuta)に)、「生きていてください」と言い、おにぎり(onigiri・rice ball )を渡すのだった。
瓦礫の中、寛(hiroshi)は、晶子(akiko)を抱き締めて、「船が沈んでも、国が滅んでも、私達は生き続けねばならない」と言い、晶子(akiko)を励ました。寛(hiroshi)は、子供達を始めとした、寛(hiroshi)と晶子(akiko)夫妻の家の人々(晶子(akiko)、子供達、奈津子(natsuko)、お手伝いさん(maid)の、中高年(中年と高齢者の間の年齢)の女性)に、「さあ、家(ここには、単純に物理的な家と言う意味だけでなく、家族と言う抽象的な意味も含まれていると思います)を建て直すぞ。皆(全員)、来なさい。皆で(全員で)行こう」と言った。