基本的に、一昨年の6月の上旬に行った投稿の再掲です。
少し前の事ですが(投稿の機会を失っていた物)、4月の前半に、前日に我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)に泊まった彼女と、車で、日帰りで、箱根(hakone)に、遊びに出掛けて来た時(以下、この日と書きます)の物です。
この前日の夕食は、仕事を終えた後、彼女と、私の街の飲食店(私の街の、フランス料理レストランの一つ)で、のんびりと、会話を楽しみながら、2時間程かけて、しっかりとした内容の夕食を食べました(ちなみに、この前日の夕食時は、飲み物は、お酒は、ワイン(wine)を飲みました)。
この日は、前日に我が家に泊まった彼女と、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べてから、我が家を出ました。
ちなみに、この日の、遅い朝食兼昼食は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))と同じ内容でした。
箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川
(kanagawa)県)の、南西端部に位置します)は、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花であり、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花はありませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。
花見(hanami)は、野外で、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりする事です。
花見(hanami)は、伝統的に、桜の花の時期の、日本人の娯楽となっています。」
写真以下26枚。この日は、まず、宮城野(miyagino)に訪れ、桜の花の、花見(hanami)を楽しみました(花見(hanami)と言っても、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりすると言う意味での花見(hanami)ではなく、桜の花を観賞しながら散歩をすると言う意味での、花見(hanami)です)。宮城野(miyagino)は、箱根(hakone)の桜の名所(有名な場所)となっています(名所(有名な場所)と言っても、それ程、知られておらず、穴場の名所と言った感じですが)。
写真以下。宮城野(miyagino)で、桜の花の、花見(hanami)(花見(hanami)と言っても、桜の花を見ながら、酒を飲んだり、食事をしたりすると言う意味での花見(hanami)ではなく、桜の花を観賞しながら散歩をすると言う意味での、花見(hanami)ですが)を楽しんだ後は、富士屋(fujiya)ホテルに訪れ、おやつとして、箱根(hakone)スイーツコレクション(sweets collection)の、ケーキ(cake)を食べました。箱根(hakone)スイーツコレクション(sweets collection)及び、この時、富士屋(fujiya)ホテルで食べたケーキ(cake)に関しては、この投稿、一番下でリンクを付けた、次回の投稿を参照して下さい。
富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館時代も含めると(16世紀後半には、韓国では悪名が高い(悪い意味で有名な)、豊臣
秀吉(toyotomi
hideyoshi)も宿泊しました)、14世紀末からの(600年以上もの)歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、箱根(hakone)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテルです。
富士屋(fujiya)ホテルは、第2次世界大戦前には、日本国内のみならず、(日本以外の)東・東南アジア在住の欧米人富裕層の間でも、東洋有数のリゾート(resort)ホテルとして知られていました。富士屋(fujiya)ホテルには、今まで、孫文(Sun
Yat-sen)(日本に2度、亡命し、亡命中は、日本の、実業家等から支援を受けて、裕福な暮らしをしていた)、チャーリー・チャップリン(Charlie
Chaplin)、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)、ヘレン・ケラー(Helen
Keller)、ジョン・レノン(John Lennon)・小野 洋子(ono yoko)夫妻等、世界的な著名人も訪れています。
富士屋(fujiya)ホテルに関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
箱根(hakone)富士屋(fujiya)ホテル他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3759534/page/6?&sfl=membername&stx=nnemon2
富士屋(fujiya)ホテルは、2018年の4月から、2020年の7月まで、建物の耐震補強工事を伴う改装の為、基本的に閉館となっていました。コロナ禍の2020年7月15日に、富士屋(fujiya)ホテルは、改装を終え、営業を再開しました。(もちろん、改装工事は、その前から計画されていましたが)改装工事期間がコロナ禍と重なったのは、富士屋(fujiya)ホテルの経営にとっては、良かったのかもしれません。
富士屋(fujiya)ホテルは、個人的に、改装工事を終え、2020年7月15日に、営業が再開されてから、この時よりも前に、去年の3月の下旬に、彼女と、アフタヌーンティー(afternoon tea)を楽しみに訪れています。
去年の3月の下旬に、富士屋(fujiya)ホテルに、アフタヌーンティー(afternoon tea)を楽しみに訪れた時の事に関しては、以下の(すぐ下でリンクを付けた)、2つの投稿を参照して下さい。
前編 富士屋ホテル アフタヌーンティー他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3815909?&sfl=membername&stx=nnemon2
後編 富士屋ホテル アフタヌーンティー他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3815908?&sfl=membername&stx=nnemon2

前に、アップ(uplaod)した写真の、再利用。富士屋(fujiya)ホテルのパンフレット(leaflet)(2018年から2020年の改装(以下、この改装と書きます)前の物)から。。。富士屋(fujiya)ホテルの敷地の地図。地図の左上の大きな建物は、フォレストウイング(fo・rest
wing)(この改装前は、フォレストロッジ(fo・rest
lodge)と言う名前でした)。地図の下側の建物は、左から順に(地図で色が濃く塗られている建物のみ)、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館(honkan)、主食堂(main
dining
room)の建物、道路を挟んで、菊華荘(kikkaso)です。菊華荘(kikkaso)は、1895年に建てられた物で、元々は、皇室(天皇の一族)の箱根(hakone)の別荘でしたが、1946年に、富士屋(fujiya)ホテルが敷地と共に譲り受け、富士屋(fujiya)ホテルの一部となりました。主に、富士屋(fujiya)ホテルの日本料理レストランとして使われています。この他、富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内にある、主な建物として、アイリーと言う建物(1884年に建てられた物で、現存する富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も古い物です。昔は、客室として使われていたみたいですが、現在は、文化財として、建物が保存されているだけです)とカスケードルーム(cascade
room)の建物(この改装前は宴会場で、この改装後はレストランとなったカスケードルーム(cascade
room)(元は、ballroomとしても、使われていた)等が入っています。この改装により、1920年に建てられた建物が、カスケードルーム(cascade
room)を保存して(カスケードルーム(cascade
room)を、建て替え後の、新しい建物に、移設・復元して)、建て替えられました)があります。私は、今まで、富士屋(fujiya)ホテルは、6回宿泊していますが、富士屋(fujiya)ホテルの建物の内、本館(honkan)、西洋館、花御殿(hanagoten)に宿泊した事があります(フォレストウイング(fo・rest
wing)(この改装前は、フォレストロッジ(fo・rest
lodge)と言う名前でした)は、宿泊していません)。また、菊華荘(kikkaso)(この改装前は宿泊も可能でしたが、この改装後は、日本料理レストランとしてのみ使用されている様です)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。
フォレストウイング(fo・rest
wing)(この改装前は、フォレストロッジ(fo・rest lodge)と言う名前でした。以下、フォレストロッジ(fo・rest
lodge)と書きます)は、1960年に建てられた建物です。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、宿泊施設の建物の中で、最も新しい建物です。フォレストロッジ(fo・rest
lodge)は、1887年に建てられた、先代のフォレストロッジ(fo・rest
lodge)の建物が取り壊された後、1960年に建てられた建物です。1964年の東京夏季Olympicsによる、箱根(hakone)への、外国人観光客の増加を見込んで(箱根(hakone)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表する観光地)、現代的(より時代に合い)且つ機能的な建物に建て替えられた建物と言う面もあるかもしれません。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、主な建物の中で、最大級、且つ、(宿泊施設の建物の中では)最も新しい建物で、主に客室として使われています。(今回の改装により建て替えらえたカスケードルーム(cascade
room)の建物を除く)他の富士屋(fujiya)ホテルの主な建物は、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣のある近代建築の建物ですが(ただし、菊華荘(kikkaso)を除く。菊華荘(kikkaso)は、日本伝統式の建物)、戦後に建てられたフォレストロッジ(fo・rest
lodge)の建物は、どちらかと言えば無機質な(つまらない)、現代建築の建物です。前述の通り、私は、フォレストロッジ(fo・rest
lodge)(フォレストウイング(fo・rest
wing))の客室には、宿泊した事はありません。ちなみに、この改装により、フォレストロッジ(fo・rest
lodge)(フォレストウイング(fo・rest
wing))の建物の、最上階には、男女別の、規模の大きな、共同温泉風呂が設置されました。ちなみに、富士屋(fujiya)ホテルは、昔から、温泉の湯量が豊富な宿泊施設で、前から、全ての客室の風呂には、源泉かけ流しの温泉が引かれています。
写真以下。富士屋(fujiya)ホテル。
奥の建物は、花御殿(hanagoten)の建物。
向こうに見える建物は、本館(honkan)の建物。
写真以下2枚。向こうに見える建物は、西洋館の建物。右側の建物は、本館(honkan)の建物。
向こうに見える建物は、本館(honkan)の建物。右側の建物は、主食堂(main dining room)の建物。
左側の建物、本館(honkan)の建物。右側の建物、主食堂(main dining room)の建物。
写真以下2枚。左側の建物、花御殿(hanagoten)の建物。右側の建物、西洋館の建物。
写真以下5枚。花御殿(hanagoten)の建物(1936年に建てられた物です)。主に客室として使われています。富士屋(fujiya)ホテルの、(1936年に建てられた)花御殿(hanagoten)の建物は、1936年に開催された、ベルリン(Berlin)夏季Olympicsに続いて、1940年に開催される予定であった、東京夏季Olympics(戦争の影響により中止。結局、東京での、オリンピック開催は、日本が、第2次世界大戦の荒廃からの、経済復興を果たした1964年を待たなければならなかった)による、箱根(hakone)への外国人観光客の増加を見込んで建てられた建物と言う面もあるかもしれません。ちなみに、ヘレン・ケラー(Helen
Keller)は、1937年、1948年、1955年と、生涯に3回来日していますが、1937年の初来日時に、富士屋(fujiya)ホテルを訪れ、この花御殿(hanagoten)の客室に宿泊しています。花御殿(hanagoten)の建物は、他の多くの富士屋(fujiya)ホテルの、主な建物と同様、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣のある近代建築の建物である事と、現存する、宿泊可能な、第2次世界大戦前に建てられた、富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最大規模である事から、現在の富士屋(fujiya)ホテルの象徴的な建物として、富士屋(fujiya)ホテルのイメージ写真に、よく使われる建物です。
写真以下2枚の左側。西洋館の建物の一部。写真以下2枚の右側、本館(honkan)の建物の一部。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館は、Comfy
Lodge、Restful
Cottageと言う、二つの建物からなります。1906年に建てられた建物で、客室として使われています。西洋館とは言うものの、建物の外観には、日本の伝統的な要素が、多く取り入れられています。現存する宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、本館(honkan)(1891年完成)に次いで、古い建物です。
写真以下3枚。本館(honkan)の建物。富士屋(fujiya)ホテルの本館(honkan)は、1891年に建てられた建物で、主に、ロビー(lobby)と客室として使われています。富士屋(fujiya)ホテルの玄関の役割を果たしている建物であると共に、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物となっています。
写真以下2枚の、左側、本館(honkan)の建物、右側、主食堂(main
dining room)の建物。富士屋(fujiya)ホテルの、主食堂(main dining
room)の建物は、1930年に建てられた建物で、主に、主食堂(main dining
room)(フランス料理レストラン)の建物として使われています。富士屋(fujiya)ホテルの、主食堂(main dining
room)の建物は、主食堂(main dining
room)の他、バー(bar)、売店が入っています。富士屋(fujiya)ホテルの、主食堂(main dining
room)の建物は、この改装前は、カジュアル(casual)な雰囲気の洋食・西洋料理レストランも入っていましたが、この改装後は、富士屋(fujiya)ホテルの、カジュアル(casual)な雰囲気の洋食・西洋料理レストランは、カスケードルーム(cascade
room)の建物の、(この改装後はレストランとなった)カスケードルーム(cascade
room)へ、その代わりに、この改装前には、富士屋(fujiya)ホテルの本館(honkan)のロビー(lobby)にあった、富士屋(fujiya)ホテルの売店が、この改装後に、富士屋(fujiya)ホテルの、主食堂(main
dining room)の建物へ移動しました。
参考に、富士屋(fujiya)ホテルの、主食堂(main dining room)→
https://www.fujiyahotel.jp/meal/thefujiya/index.html
写真以下7枚。本館(honkan)。1891年に建てられた建物で、主に、ロビー(lobby)と客室として使われています。富士屋(fujiya)ホテルの玄関の役割を果たしている建物であると共に、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物となっています。
本館(honkan)(1891年完成)の、中央の階段(写真)の、手すりには、一本の木を、少しずつ湾曲させて作る、曲げ木の技法が、取り入れられています。湿度や、木質によって、微妙に変化する、天然の木を、長い時間、ずれないように、組み合わせるのは、高度な、技術を必要とされます(富士屋(fujiya)ホテルのパンフレット(booklet)の説明文より。。。)。
写真以下。この日は、富士屋(fujiya)ホテルを、訪れて、まず、富士屋(fujiya)ホテルの庭園を散歩しました。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
後編 富士屋ホテル スイーツコレクション他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/4051205?&sfl=membername&stx=nnemon2